食べる喜びと“幸せな記憶”を呼び起こす「リクエスト食」ー淀川キリスト教病院 管理栄養士 大谷幸子ー

医師・看護師・薬剤師・管理栄養士が、職種の壁を越えて連携をとり、“食”を通じて患者をケアするNST(栄養サポートチーム)が、近年注目されています。 今回紹介するのは、淀川キリスト教病院グループが2012年に開設した独立型ホスピス・こどもホスピス病院。週1回、終末期患者に本人が希望する食事を提供する「リクエスト食」の取り組みについて、中心的な役割を担う管理栄養士・大谷幸子さんにお話しを伺いました。

pixta_21977290_S-1-min
▲大谷幸子(おおたにさちこ)
宗教法人 在日本南プレスビテリアンミッション 淀川キリスト教病院 栄養管理課 課長

金沢、東京の病院で管理栄養士として長年にわたり活躍。現病院のオファーを受け、2012年のホスピス・こどもホスピス病院の設立と同時期にスタートしたホスピスの「リクエスト食」をはじめ、病院全般の食事ケアをプロデュースしている。

患者がその時に食べたいものを1日の準備で叶える

−リクエスト食とは、どういうものですか?

患者さんご自身が「今、食べたいもの」を作ってお出しするオーダーメイドのお食事です。毎週金曜の午後に、管理栄養士が患者さん一人ひとりのお部屋へ伺って要望を聞き取り、調理師と打ち合わせを行い、翌日の土曜の夕食としてお出しします。

どんな料理でも1日で準備し、可能な限りあらゆるリクエストにお応えします。
当ホスピスの平均在院期間は、約3週間。患者さんにとって、限りある時間だからこそ、患者さんご自身が思い描くイメージ通りのお食事を、ありのまま提供することだけを考えて聞き取り、その方だけの1食を完成させます。

また、お食事を手掛けた調理師自らが患者さんの病室まで配膳して言葉を交わすなど、食べ手と作り手のコミュニケーションを大切にしています。
pixta_21977290_S-1-min
▲リクエストが多い「寿司」の一例。患者によって違う好みのネタ、握り・ちらし等の寿司スタイル、酢飯の加減、食べやすいサイズや量、器と盛りつけの彩りまで気を配る。

−忘れられないリクエストはありますか?

牛肉アレルギーがあるのに「牛カツ」をリクエストされた患者さん。安全ではないお食事はさすがに提供できないので「アレルギー大丈夫かしら?」というお話しをすると、「わてな、小さい頃はな、アレルギーと違うかってん」と問わず語りが始まって…。

患者さんが子どもの頃、夜遅くまで身を粉にして働いていたお母さまがよく作ってくれたのが、「牛肉を薄く叩いた牛カツ」入りのお弁当だったそうなんです。「食べられなくてええねん、見るだけでええねん」って。その言葉を聞いてさすがに私もホロリとなりました。薄く叩いて作る牛肉のカツが、どんなご馳走よりも患者さんにとって「お母さんが愛情を込めて作ってくれた懐かしい味」なんですよね。

ほかにも「しょっぱい栗ごはん」「白ごはんと漬物」「毎日、毎食カレーをぎょうさん」など、豪華絢爛な食事よりも、故郷や家庭の味など、素朴で懐かしい食事のリクエストが多いんです。命が燃え尽きるとき、人は遠い昔や子どもの頃の記憶を思い出すものなのかも知れません。

楽しい“ごはんの思い出”が生きる希望につながる

−患者さんへの聞き取りで大切にしていることは?

待ち構えたようにお話しになる方もいれば、なかなか言葉が出てこない方や、病状が厳しくて食べ物のことまで頭が回らない方もいらっしゃいます。

まず「あなたが食べたいと思う食事を、私たちに作らせてもらえませんか?」と、押しつけではない気持ちや思いが患者さんに伝わるよう心がけ、「何が食べたいか」「どんな味付けが好みか」だけではなく、その食事にまつわる思い出に耳を傾けるようにしています。

悲しいとき、辛いときに、人ってあまり食べたいとは思いませんよね。でも、仮に「不幸続きの人生だった」としても「幸せな瞬間」はきっと誰にもあるはずで、その幸せな思い出と“ごはん”って、1枚のシーン写真のように結びついて記憶されていると思うんです。

その情景や場所、一緒に食事をした人、会話…。「幸せな瞬間」が患者さんの中で自然に浮かび上がってきて、思い出しながら楽しそうに笑ってお話しくださるよう、とにかく明るい雰囲気づくりを心がけて声をかけるようにしています。
pixta_21977290_S-1-min
▲「人生の最後に患者さんが“楽しかったなぁ”と少しでも幸せな気持ちに包まれる縁(よすが)に、リクエスト食がなれば…。私の願いは、それだけです」と大谷さん。

−リクエスト食の役割は、単なる栄養摂取ではない?

一般的には食事って空腹を満たすためのもの、生命維持のための栄養摂取ですよね。でも、実はスピリチュアルケアにもつながる、人間が持つ生きる力に働きかけるような+αのパワーがある気がするんです。リクエスト食は、体の栄養療法というより、心の栄養療法といえるかも知れません。

苦痛をやわらげる医療的な緩和ケアと、「何を食べてもいい」という大らかな気持ちが相乗効果のように働き合い、転院前はほとんど食べられなかった患者さんが、このホスピスにいらしてから食べられるようになったというケースも珍しくありません。

ホスピスに3ヶ月ほどいらした、ある患者さんは「余命1ヶ月って言われたのに、ごはんが美味しいから長生きしちゃって」と笑っておられた姿が印象的で。ずっと付き添われていた奥様も「本当によく食べられるようになって、口から食べると目力が全然違うんです」と嬉しそうに振り返っておられました。

味や栄養だけではなく、懐かしくて楽しい食事の記憶が「おいしい」という実感になり、理屈ではない安心感と生きる底力につながるのだと思います。

−患者さん本人だけではなく、ご家族にもいい影響が?

命の期限が迫っていることをご承知で、患者さんは過ごされています。傍でずっと付き添うご家族は、病状のことも話せない、これから先の話題にも触れにくい、どうやって励ませばいいのか分からない。肉親だから、ごく普通に接するのが難しいものです。

そんなとき、さり気ない潤滑油になってくれるのが“ごはん”の話題。ご家族ではない第三者であり、医師や看護師とも違う管理栄養士だから、日常会話の延長のような明るいトーンで「今、食べたいものってなあに?」と投げかけることができるんです。

それがきっかけとなり、患者さんとご家族の間で「なにがいいかな?」と会話が始まり、笑顔がこぼれたり、話題が広がったり。ご家族も一緒に患者さんの人生を振り返り、幸せな思い出を共有することができる。そんな効果もリクエスト食にはある気がしています。
pixta_21977290_S-1-min
▲記念日のケーキや、時には“ファミレス”のようなパフェも。要望があれば病室ではなく、ホスピス内の和室で家族と自宅のような雰囲気で過ごせるよう看護師と連携して応える

患者の命に“食”を通じて向き合い続けたい

−人の“食”にそこまで献身的になれる原動力は?

私自身を奮い立たせる何かがあるのだとしたら…夫を、がんで亡くした経験が大きいかも知れません。

食べることが好きな夫だったので、おいしいものを食べさせてあげたかったのですが…。がんとわかり入院したときには、もはや一口たりとも食べられる状態ではありませんでした。

東京の病院で働きながら、夫が入院する故郷・金沢の病院まで往復するなかで、夫の好物をじっくりと作ってあげたい気持ちと、何よりも「1分でも1秒でも長く夫の傍にいたい」という思いのジレンマがありましたね。

そのときの辛さを知っているから、患者さんのご家族の代わりに、もし食事面で少しでもお役に立てることがあれば、何でもしてさしあげたい。患者さんに残された時間には限りがあるからこそ、少しでも長くご家族の方と一緒に過ごす時間に使っていただきたいんです。

−これからの目標を教えてください

患者さんに喜んでいただきたいけれど、意図的になってしまっては意味がありません。患者さんが望んでおられるお食事のイメージにどれだけ寄り添い、近づけるか。そのことだけを考え、これからも病院食のイノベーションにかかわり続けたいと思っています。

よりきめの細かい食の提供を目指し、ホスピスでは週1回のリクエスト食のほかに、普段のお食事についても毎食6種類から選べる“選択食”を導入しています。日替わり定食から麺類、丼もの、ごはんもの、洋食、関西らしい粉もん・軽食まで、患者さんの声を生かしたメニューにこだわっているのが特徴です。ですが、それでもまだ十分とは思っていません。

このホスピスのように、管理栄養士が医師や看護師と同じように病棟に常駐し、チームとして連携するのが当たり前という考え方や体制が、もっと定着するといいですね。食べることは、生きることそのもの。水や空気と同じように、絶対になくてはならないものです。食を通じてできる患者さんのケアは、まだまだたくさんあると思っています。

リクエスト食は、悠久の旅立ちに向けた“食”を通じた癒やし

—もともとは中世ヨーロッパで旅の巡礼者を迎え入れ、ベッドや食事を与えて旅の疲れを癒やした小さな教会が起源とも伝わる「ホスピス」。

患者一人ひとりの人生に寄り添い、その悠久の旅立ちに備えて“食”を通じた癒やしを提供する「リクエスト食」は、革新的であると同時にホスピスの原点に立ち返る取り組みといえるのかも知れない。

 

pixta_21977290_S-1-min

 

取材先紹介

宗教法人 在日本南プレスビテリアンミッション 淀川キリスト教病院
1955年に創立。理念として掲げる「全人医療」すなわち「からだとこころとたましいが一体である人間(全人)にキリストの愛をもって仕える医療」を実践している。
周産期医療、急性期医療、救急救命医療、終末期医療を大きな柱とし、総合的ながん診療、脳・心臓・血管診療にも注力する本院を核に、幅広い分野で医療・介護を展開している。本院をはじめ、すべてのグループ施設にチャペルがあり、“チャプレン”と呼ばれる病院付き牧師が駐在していることも特徴の一つ。1973年に日本初のホスピスプログラム(OCDP)をスタート。2012年7月に現住所へ本院を移転し、同年11月に成人ホスピス(15床)・こどもホスピス(12床)をもつ「ホスピス・こどもホスピス病院」を開設した。

〒533-0024 大阪府大阪市東淀川区柴島1−7−50(本院)
〒533−0033 大阪府大阪市東淀川区東中島6−9−3(淀川キリスト病院 ホスピス・こどもホスピス病院)
無料TEL:0120−364−489
http://www.ych.or.jp

取材・文:野村ゆき/撮影(人物):井原 完祐

【無料公開中】人気記事を資料にまとめました!

資料ダウンロード「感染予防」