神経難病の専門家として在宅医療と向き合う – 医療法人 拓海会 神経内科クリニック 理事長 藤田 拓司-

神経内科の専門医として、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経難病に苦しむ患者と家族の在宅医療に取り組む藤田先生。介護保険制度の施行前である1999年に訪問診療をスタート。さらに2008年、大阪・豊中市に神経難病に特化した現在のクリニックを新設し、レスパイトケア専門病棟を完成させました。

診療期間が長年に及ぶケースが珍しくない神経難病の在宅診療だからこそのご苦労や課題、患者を支える家族や医療・介護チームへの想いを語っていただきました。

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▲藤田 拓司(ふじた・たくじ)医師
医療法人 拓海会 神経内科クリニック 理事長

神戸大学医学部卒業。東京医科歯科大学大学院・医療経営学講座で、在宅医療・医療連携のコスト分析をテーマにした研究も手がける。神戸市立中央病院、大阪府済生会中津病院神経内科の勤務医を経て、仙台往診クリニックで在宅医療の実践ノウハウを学び、1999年9月に医療法人 拓海会 大阪北ホームケアクリニックを開設。2008年4月、神経難病に特化した医療法人 拓海会 神経内科クリニックを開設。

神経難病患者の退院後をケアする体制が整っていない現実と直面

-神経内科がご専門とのことですが、どんな症状を担当されるのでしょうか。

神経内科には大別すると、脳梗塞や脳血管障害などの緊急性を要する急性期系疾患と、ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病などの神経難病に代表される変性疾患があります。私は神戸市立中央病院に勤めていた時に急性期系疾患の治療に携わり、さらに阪神淡路大震災がきっかけで転属となった大阪府済生会中津病院で変性疾患の治療に従事しました。両方にかかわって気づいたのですが、同じ神経内科の疾患でも治療のアプローチが全く異なるんです。

特に変性疾患は、徐々に症状が進行し、そのほとんどが最終的に動けなくなる病気です。急性期とは真逆の慢性期的な疾患で、年単位の長期入院となるケースが多い。ところが、診療報酬の改定が引き金となって平均在院日数の短縮化が進み、変性疾患の患者さんも早期退院を目標設定にしなければならなくなった。それはつまり、退院後の治療・療養期間が長期戦になるということです。じゃあ、退院後の診療は誰がケアするの?って、思いますよね。

-それが在宅医療の道に進む、きっかけに?

診るドクターが誰もいないなら、私が行こう!そんな想いから1999年4月、訪問診療を主とする「大阪北ホームケアクリニック」を立ち上げました。まだ介護保険制度が始まる前のことで、何もかもが手探り状態からのスタート。当時まだ日本に在宅医療に力を入れている診療所は数えるほどしかなく、その草分け的ドクターの一人である仙台往診クリニックの川島先生の元で1年ほど開業前にお世話になり、在宅医療のノウハウを勉強しました。

生活にとけ込むようにケアするのが在宅医療の技術力

-開業当初から神経難病に特化した在宅医療を?

今まで病院の専門科にかかっていた患者さんとご家族が、退院後そう簡単に小さな診療所のドクターに全てを預けてはくれませんよ。がんや認知症の患者さんなど、さまざまな在宅診療の依頼に応えながら地域の保健師さんや訪問看護師さんとの信頼を積み重ね、開業3年目頃から少しずつ口コミで神経難病の患者さんが増えるようになりました。

-現場で感じた戸惑いやギャップはありますか?

忘れられないのは、ベテランの訪問看護師さんに「邪魔しないで」と叱られたこと(苦笑)。在宅医療という言葉がまだ一般的ではなかった黎明期を支えてきたのは医師ではなく、訪問看護師です。そんな現場に私のような若造ドクターが突然、出しゃばってきて、彼女たちが考えに考えた患者さんのケアプランを、ちゃぶ台をひっくり返すように変更してしまった。訪問看護師の職人的なプロ意識と裁量権限を、私は無自覚に奪ってしまったんです。今思えば、病院医療と在宅医療では医師の役割が違うことに、気づけなかったんですね。ちゃんと叱ってくれる訪問看護師さんがいてくれたおかげで、私は成長することができました。

-病院と同じ感覚で、在宅医療を捉えてはいけない?

在宅医が必ず通る道があると私は思っていて。恐らく最初、在宅医になりたての多くのドクターが患者さんの家を病棟化したがるんです。私もそうでした。ベッド横にモニターを設置し、いろんな器具を用意して、病院に負けない医療環境を整えることが最善策だと思ってしまうんです。

でも、やがて「ちょっと待てよ」と疑問に感じる時期が来ます。患者さんが望む“生活”を中心に据え、医療を生活の中に溶け込むように介入させるのが在宅医療のあるべき姿なのだと気づくからです。医療をいかに目立たなくして、きちんとケアするか。それこそが在宅医療の技術力だと私は考えています。
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▲現在はドクター5人体制で、小児から高齢まで約250人の神経難病患者をケア。「患者さんの年齢層が幅広く、診療地域が広域に点在しているのも、この疾患の在宅医療の特徴です」

チームの入れ替わりが激しい長期診療を医師がコントロール

-専門性の高い分野だからこそのご苦労や気づきはありますか?

神経難病の在宅医療は、他の疾患と全く違います。一番の違いは「チームづくり」です。例えば、がん疾患の平均診療期間は40〜48日。医師・訪問看護師・ケアマネージャー・ヘルパー・理学療法士など、信頼関係が元々あるメンバーでチームを構成し、最後まで同じメンバーで看取りまでお世話することが可能です。

ですが、神経難病の平均診療期間は3年で10年以上に及ぶケースも珍しくない。そのため、チームのキーパーソンとなる訪問看護師や介護ヘルパーが途中で何度も入れ替わることになります。現在、当クリニックの患者数約250人に対し、訪問看護の指示書を交付している訪問看護ステーションだけで70カ所を超えています。

-チームメンバーの入れ替わりが原因で、起こる問題も?

「患者さんのために、できることは何でもやってあげたい」という優しさが、神経難病の看護・介護ではチームを壊す要因になりかねない点です。例えば、ALS患者さんの疾患特性の一つに、我慢するのが困難で要求が過大になりやすい傾向があります。患者さんの要求を「あれも、これも」と応えすぎてしまうと診療予定時間を大幅に超えてしまったり、メンバーが入れ替わった際に「前の看護師さんは応えてくれたのに、今度の看護師さんは応えてくれない」という不満の火種になりかねません。チームメンバーが入れ替わっても患者さんの満足度を一定レベルのまま維持することが大切で、そこが難しさでもありますね。

-どうすれば、改善できるのでしょう?

患者さんの要求がワガママではなく、疾患特有の症状であること。時には割り切りが必要であることを、医師として踏み込んで説明するようにしています。数年前からはALSの在宅診療が始まる前に、患者さんごとのチームメンバーを集めて疾患の特性や対処法などを具体的にレクチャーする勉強会を開催。神経難病の場合、患者さんによって症状が現れる順序やスピードが違うだけで、ほぼ同じ経過を辿るセオリーがあるので、予見できれば対策も立てやすい。まだまだ理想形ではありませんが、少しずつ改善している実感はあります。

チームメンバーが入れ替わっても一定レベルの医療・介護を提供するため、現場全体を俯瞰してコントールする。それが在宅医の重要な役割であり、醍醐味だと私は考えています。

開業10周年の節目にレスパイトケア専門病棟をオープン

-神経難病に特化したクリニックを、新たに開設したのは?

在宅医療スタートから10年目を迎えた2008年4月です。翌年9月に患者さんを支えるご家族のためのレスパイトケア専門病棟をオープンしました。この病棟を作りたかったのが神経内科クリニックを立ち上げた大きな理由で、レスパイトとは“休息”を意味します。

神経難病の場合、患者さんを支えるご家族の看病・介護も長期間に及ぶため、精神的・体力的に追い詰められやすいんです。介護保険ならばショートステイを利用できますが、対象外の若い患者さんも多く、制度的には利用可能な患者さんでも、気管切開してカニューレをつけていたり、人工呼吸器を使用していると、施設側になかなか受け入れてもらえない。だから専門病棟を作って患者さんに短期入院してもらい、ご家族に休息のひと時を提供できたらと思いました。

-ご家族の心に寄り添う嬉しい配慮ですね。

実は、もう一つ大切な目的があるんです。介護が長期戦に及ぶほど、患者さんがお亡くなりになった時のご家族のショックは大きいものです。5年・10年と寝たきりの患者さんを見守ってきて、ベッドに患者さんが居るのが当たり前の日常だったのに、ある日突然そのベッドが空っぽになる。その喪失感は相当なものです。レスパイトケア入院中に患者さんが居ないベッドを疑似体験することで、患者さんが居なくなった後の生活をイメージする訓練をしてもらう。これも、ご家族にとって重要なプロセスだと私は考えています。

-レスパイトケア=グリーフケアの一環でもある?

お看取り後にも訪問してグリーフケア(深い悲しみを癒やすケア)をさせてもらいますが、レスパイトケアを始めるようになってから、患者さんの居ない日常生活を比較的早い段階で取り戻せるご家族が増えた気がします。「ちゃんと看取れた」「これで良かったんだ」というやりきった感を、きちんと演出してあげるのも在宅医の重要な仕事なんだと私自身も改めて勉強になりました。
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▲患者の家族の介護能力も見極めながら「頑張りすぎないでヘルパーに任せた方がいい」などの助言も行う。「ご家族に対して、そこまで踏み込めるのも在宅医療ならではでしょうね」

専門医の立場から考える地域包括ケアの未来

-後進の育成にも積極的に取り組んでおられるとのことですが?

神経難病の患者数は、人口100万人あたり1000人前後と推定され、在宅医療が必要な神経難病の患者さんは全国におられ、対応できる医師はまだまだ足りません。

当クリニックの常勤医・非常勤を勤めたドクターのうち、15人が独立開業しました。呼吸器内科など、神経内科ではない出身のドクターがほとんどで、在宅医療と神経難病をうちで2〜5年かけて学び、それぞれの地元で神経難病も診られる在宅医として開業しています。大阪府下、兵庫、愛知など各地で頑張ってくれています。

-今後の在宅医療を考えたとき、課題に感じることはありますか?

地域包括ケアシステムの目標の一つは、在宅医療・介護サービスを地域の人々が押し並べて受けられるようにすることです。その観点から客観的に考えたとき、神経内科に特化した専門クリニックということもありますが、実は、私たちは一部の人への濃厚な在宅医療サービスしか提供できていないのではないだろうか、と思うことがあります。

やらないのはダメ、やりすぎもダメ。より大勢の人に在宅医療サービスが当たり前のように浸透するためには、良い意味でシンプルに削ぎ落とした在宅医療モデルが必要なのかも知れません。また、最近は私が駆け出しの頃に出会ったような、堂々と医師を叱ってくれるような職人的な訪問看護師さんが減ってしまったように感じています。

そうした課題の改善につながるかどうかは分かりませんが、最近、状態が安定している患者さんについては、各チームの訪問看護師さんに現場での裁量を委ね、患者さんの状態確認や予見のアセスメントをしてもらうようにしています。

目立ちすぎず、行き届く医療サービスを理想に

-在宅医療を志す読者へメッセージをお願いします

病院勤務が長いドクターは、在宅医療をはじめるにあたり患者さんの家を病棟化しないように気をつけてください。医療の目立ちすぎ、出しゃばり過ぎに要注意です。在宅医の仕事は、患者さん一人一人に合うチームを組み、どう動かしてゆくかを調整する現場監督のようなもの。チームのキーパーソンとなる訪問看護師さんとうまく連携して、患者さんの生活にとけこむ医療サービスの提供を心がけてください。
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▲地域全体で在宅医療を永続的に取り組んでゆくための模索も始めている藤田先生。「全国の地域医療のコスト研究などをしてきた経歴も生かし、今後につなげられたら」と結んだ。

取材後記

勤務医時代から神経難病と向き合い、退院後の患者さんを慮って在宅医療の道へ進み、家族のためのレスパイトケア専門病棟まで立ち上げた藤田先生。長年にわたり大勢の患者さんと家族、現場を支える訪問看護・介護の現場を見守り続けてきたからこそ、行き着いた「やりすぎ要注意」の持論が興味深かったです。一定レベルの在宅医療サービスを地域の隅々まで、血液のように行き渡らせるために必要なカンフル剤的な視点といえるかも知れません。

◎取材先紹介

医療法人 拓海会 神経内科クリニック

取材・文/野村ゆき、撮影・前川 聡

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