次世代に繋がる新しい在宅医療を育てるために‐医療法人社団至髙会 たかせクリニック理事長 髙瀬 義昌‐

蒲田駅から東急多摩川線で2つ目に位置する武蔵新田駅は、のどかな下町の雰囲気溢れる町。たかせクリニックは、この地に2004年に在宅療養支援を中心としたクリニックとして開設しました。

院長の髙瀬義昌先生は、最も治療が難しいと言われる認知症患者を中心に350人程度の定期往診を行いながら、行政や学会、さらにIT企業や海外団体など様々な分野と連携をして日本の在宅医療のボトムアップのために広範囲に活動されています。

日本の在宅医療を支え、今後更なる飛躍においても中核的な存在として多方面に活動を続けている髙瀬先生に、在宅医療の課題と今後についてお話を伺いました。

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▲髙瀬 義昌(たかせ・よしまさ)さん
医療法人社団至髙会 たかせクリニック 理事長

信州大学医学部卒業、東京医科大学大学院修了。麻酔科や小児科に従事する他、家族療法の研究を日米にて行う中でチーム医療や包括医療を習得し、2004年に東京都大田区にて在宅医療を中心とした、たかせクリニックを開業する。
現在は在宅医療の中でも認知症に特化したスペシャリストとして活躍する他、国や行政が推進する介護・医療関連事業に委員として参加。在宅医療や認知症介護に関する出版は10冊を超え、雑誌やテレビなどメディアからの取材も多数行っている。

家族療法を取り入れた認知症への新しいアプローチを

-家族療法というのはどのような治療法なのでしょうか。

私は麻酔科医、小児科医として医療に携わってきた中で、患者さん本人だけでなく家族全員をカウンセリング対象として治療を行う「家族療法」に興味を持ちました。アメリカでは家族療法士(ファミリーセラピスト)は医師とは別の独立した専門領域として成り立っており、小児科医の時に私は、この家族療法を治療の一貫として取り入れてみました。

例えばある小児ぜんそくの患者さんのケースでは、ご両親が多忙でそれぞれが外出先で別々に食事をとることが多く、お子さんの服薬管理が丁寧に行われていませんでした。そこでお二人に対して週に一度でも一緒に食事をするように薦めたところ、お子さんの話題が増え、服薬管理も徹底されることで小児ぜんそくが回復したということがありました。

-本人だけではなく家族の行動が症状に関係するのですね。

本人だけではなく家庭環境は病状に大きな影響を与えます。そして、子供以上に家庭環境の影響を受けやすいのは高齢者です。高齢者の場合、年齢と共に認知症を発症する方が増えてくるためより専門的なケアが必要になります。

ちょうどそんな時、外来と在宅医療を行っているクリニックからの誘いがあり、そちらで院長として経験を積むことにしました。家族療法などの心理療法を取り入れて診療を行ったところ、寝たきりの高齢者やがん患者さんに対して認知症の症状に改善の効果を見出すことができました。その結果、在宅診療部門の患者数は4倍ほどに増えました。

しかし、このクリニックでは外来診療も平行して行っていたため、一人ひとりの治療時間をしっかり確保することが難しくなってしまって。また実際に在宅医療に携わってみると、認知症を併発している高齢者の方が想像以上に多かったため、認知症ケアを中心とした在宅医療中心のクリニックを自身で開業しました。

-認知症の改善はとても難しいと聞いていますが…

確かに、一般的なクリニックでは症状を改善できないケースが多いようです。そのため私が認知症専門の在宅医療を開業したところ、他院から沢山の患者さんの紹介がありました。いずれのケースでも、当院では家族療法などの心理療法などを活用しながら患者さんと信頼関係を作り、そこから薬を減らし、自分の意志で行動できるようエンパワーメントを行っています。
信頼関係を大事にして、薬に頼らず患者さんときちんと向き合いながら診察を行うことで、他診療所では改善しなかった重度の認知症の方々も、多くが症状改善もしくは改善傾向に向かっています。
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▲認知症の症状が改善され自分で歩いたり食事ができるようになった時には“卒業式”を行うそう。「式では患者さんを表彰しお花をお渡しして、私の訪問診療からの卒業を称えます。きっとこんなことをしているクリニックは他にはないでしょうね。」

チーム医療、薬とケアの最適化…将来の在宅医療に布石を打つ

-認知症では薬の管理が大切なのですね。

特に高齢者の場合、複数の病院から大量の薬を投与されていることも多く、処方内容の見直しなどを行うことはとても重要です。症状緩和のためにこれ以上薬を投与することはできないため、患者さんをケアするためには医師の診察だけではなく、ご家族の協力や看護師、薬剤師、ケアマネージャーなどによる「チーム・モニタリング」がポイントになってきます。

-関わるスタッフ全員でケアを行うことが大切なのですね。

認知症はその内訳として80種類程度がありますが、そのほとんどがこれらが複雑に絡み合っているハイブリッドな症状になっています。そのため1つの症状にあわせた薬を提供するだけではなかなか改善しませんし、薬だけで改善しようとすると次第に投薬数が増えていくことになります。

認知症は、診察をして薬を提供するだけでは意味がありません。服薬管理をしながら中核症状をまずは改善させるためにも「薬とケアの最適化」が大切です。ただし医師だけでは毎日管理をすることが難しいので、症状をご家族やスタッフと連携してモニタリングを行い、情報を共有をすることが大切です。

在宅医療をプロジェクトマネジメントと捉える

-チーム医療は症状改善のためにとても大切ですね。

心理療法を取り入れた治療法やチームモニタリング、工程管理、そして卒業式など、私たちの行っている次世代を見つめた在宅医療スタイルが、少しでも他の在宅医の参考になればと考えています。

-これらの様々な新しい試みはどんな発想から生まれてくるのですか。

日々の現場や様々な医学関連の著書からももちろん学んでいますが、弟が大学で経営学を学んでいた関係もあってか、日頃から国内・海外問わずマネジメントや経営に関する本も多数読んでいます。医療従事者はパイロットと同じで専門性が高いプロフェッショナルな職業です。この場合、それぞれの立場や意識を尊重した上でマネジメントする必要があります。

在宅医療は多職種間でのチーム連携が必要だからこそ、それぞれのスタッフが最高のパフォーマンスを出せる環境を与えることも在宅医としての使命ではないでしょうか。
それぞれの専門スタッフが最高の力を出せるようなマネジメントやプロジェクトの工程管理は、これからの在宅医によって必要なスキルだと考えています。
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▲取材をした応接室の本棚には医学書の他、経営学に関する本がずらり。世界的に有名な経営学者にも多数お会いされており、本には著書のサインが入っているものもありました。

在宅医療の現場と行政をつなぐ橋渡しを

-現在の在宅医療の課題などありますでしょうか。

在宅医療の現状をもっと国や行政にきちんと理解してもらう場を作ることも大切だと考えています。私は2008年に、ぼけ予防協会(現在の認知症予防財団)で「認認介護」という言葉を初めて使い、その後大手新聞の一面などでも「認認介護」がクローズアップされ、話題になりました。在宅医療の現場の様子を、国や行政はもちろん、一般家庭の方々も知らなかったからこそ、話題になったのでしょう。私は在宅医療や認知症ケアに関する執筆・出版を10冊以上行っていますが、こういった取り組みも、在宅医療をもっと沢山の方に理解していただくために行っています。

-在宅医療の現場がまだ理解されていないということですね。

地域包括ケアと言われていますが、まだまだ行政は現場が見えていないと感じています。在宅医療では、死亡診断書を書くこと以上に、そこに至るまでの経緯が大事です。特に認知症の方の場合、退院支援や一時入院といっても、そう簡単には自分の居場所が変わることを受け入れてくれません。そのために何時間も話をして信頼関係を作り、患者さんが私に心を開いてくれたところでやっと入退院の準備ができるのですが、こういったプロセスが存在すること、そしてこのプロセスこそが認知症ケアにおいて重要であることを、行政はまだ理解していない。これが現在の在宅医療の課題です。

少しでも現場の様子や声を国や行政に伝えるために、我々は都議会へ参加し在宅医療に関する提言や研究報告の発表をしています。またメディア取材や出版等を通して、よりリアルな在宅医療の様子を世の中に伝えて、行政や国を巻き込み質の高い医療体制にしていくことが重要です。pixta_21977290_S-1-min
▲取材を行った数日前にも、ちょうど新しく2冊の本を上梓されたとのこと。出版やメディア出演、取材などを通して多くの方に在宅医療の現状を伝えていらっしゃいます。

最先端技術も駆使し、在宅医療の標準化に着手

-先生は日本老年精神医学会専門医の資格も取られているそうですね。

老年精神医学ではうつ、神経症、妄想症などの他、骨折などの身体的な疾患に伴う精神障害など幅広く、一般的な精神医学とは異なる点も多々あります。認知症を中心として在宅医療を行う中で、このような専門分野の知識の習得と理解は今後ますます必要になってくるでしょう。

-とはいえ在宅医全員が学ぶことはなかなか難しいのでは…

そうです。在宅医療の在宅医は、内科、外科、脳外科などそれぞれ専門分野を持っているため、全員が認知症の基本的理解と治療法を修得することはかなり難しいです。
ですが、日本はありがたいことにIT技術が優れています。現在私どもは、過去の診療データや簡易知能評価スケール等を元に、在宅医が認知症の有無を測定できる医師向けの診断支援ツールの開発なども行っています。すでに2015年には、「認知症に備えるアプリ」というものを一般向けに無料アプリとしてリリースしていますが、今回はこの在宅医向けツールとしてより専門的なものをイメージしています。

-IT技術を活用したアセスメントの質の底上げですね。

ITツールに限らず、日本の在宅医療はもっと大きく変わらなければいけません。そのために私は、行政が推進する地域包括ケアや医療・介護事業推進会議や医師会、さらに日米医学医療交流財団、ITヘルスケア学会などの様々な団体において現在の在宅医療の課題や問題点について積極的に報告すると同時に、改善策の提案を行っています。
現在の在宅医療の質を、仕組み化・IT化することで底上げできれば、在宅医療のフィールドを使った「ハイパフォーマンス・ヘルスケア」が実現できると考えています。日々の診療はもちろん、行政や企業と提携し様々な活動を行うことで、次世代に繋がる新しい在宅医療へ育てていくことが自身の使命だと考えています。

取材後記

現在の在宅医療の課題や問題点に対して、自ら行動を起こし自ら旗振り役として改革を進めている髙瀬先生は、認知症ケアのプロフェッショナルであるだけではなく、経営や改革のプロフェッショナルでもありました。医療関連の書籍だけではなく、マネジメントや経営管理に関する様々な本からも幅広い知識を吸収されており、在宅医療のこれからの可能性を、誰よりも幅広い視点で捉えていらっしゃると感じました。お忙しい中、誠にありがとうございました。

◎取材先紹介

医療法人社団 至髙会 たかせクリニック
TEL:03-5732-2525
http://www.takase-cl.org/

取材・文 ココメディカマガジン編集部 / 撮影 菅沢健治

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