在宅医療を当たり前の社会インフラに‐医療法人社団 焔(ほむら)やまと診療所 院長 安井佑‐

東京都板橋区に位置するやまと診療所は、緩和ケア、循環器、精神科、褥瘡や外科治療など様々な分野に対応できるように複数の医師と連携し、患者さんがご自宅で安心して生活できる体制を用意しています。また将来の在宅医療を支える人材(PA)の育成や仕組み化も積極的に行っています。

今回は安井先生に、在宅医療を志すきっかけになった原体験や、人材育成を始めとする都市型在宅医療のモデル作りについてお話しをお伺いしました。

pixta_21977290_S-1-min
▲安井 佑(やすい・ゆう)さん
医療法人社団 焔(ほむら)  やまと診療所 院長
2005年東京大学医学部卒業。千葉県旭中央病院で初期研修後、NPO法人ジャパンハートに所属し、1年半ミャンマーにて臨床医療に携わる。杏林大学病院、東京西徳洲会病院を経て、2013年東京都板橋区にやまと診療所を開設。

死に対し自然なケアを行えるのが在宅医療

-安井先生が医師を志したきっかけを教えてください。

きっかけは、父の死です。高校2年の時に癌が見つかり、化学療法や放射線治療を行ったものの3ヵ月ほどで亡くなりました。当時私は高校生でしたが、自分なりに親父に何かできなかったのかという無力感を感じ、二度と同じ思いをしたくないという気持ちで、医師になろうと決意しました。
今、改めてこの時の思いを言語化するなら、「医師」と「そうでない人」の間にある、病気や死に対する圧倒的な知識・情報の差に対して、何ともいえない無力感や憤りを感じていたように思います。

-その気持ちを胸に医学部に入られたのですね。

大学では形成外科を専攻しましたが、生きる・死ぬという生命の部分に根本的な関心がありました。幼少時には父の仕事の関係でアメリカやイギリスへ留学していましたが、日本も含めていずれも先進国だったので、生きる・死ぬという事象に対して常に1枚、2枚とプヨプヨした膜のようなものがついていると感じていたのです。
医師3年目の時にミャンマーへ行く機会があり、現地の医療支援に携わりました。そこで様々な生き様、死に様に触れ、改めて命について教えてもらいました。

-ミャンマーでは命についてどう感じられたのでしょうか。

生死(せいし)というと死ぬか生きるかの二者択一ですが、仏教の教えでは生死(しょうし)、すなわち生まれて死ぬのは自然なセットであるという考えが一般的です。ミャンマーの人たちには輪廻転生の考え方が浸透していますので、生きている間に徳を積むことが大切で、死も自然なものとして受け入れています。

その一方で、日本の場合は高齢者の方々が人生を全うし、充実感をもって終ろうとしているところを、生きるか死ぬかの戦いをさせてしまっています。本人も苦しいですし、家族も、そして僕たち医療従事者も本当は苦しいんですよね。最期の時は「今までありがとうございます」と言ってしっかりと見送りをすることが必要だと思ったんです。そしてそれが、僕がやるべき仕事だと思いました。

実際にどうアプローチすればいいか悩んでいる時に、2011年に東北で震災が起き、ミャンマーでの支援活動の経験を活かそうと思い現地で活動を行いました。ちょうど開業の1年ほど前です。そこで現地の方々に様々な医療ケアをする中で、在宅医療という選択肢を知って今の診療所を開設するに至りました。

pixta_21977290_S-1-min
▲開業当初は、宮城県と板橋区の2つの診療所を行き来する活動を2年半続けていたそう。現在もskypeで毎朝拠点を超えて情報共有を行っている。

理想の在宅医療とはほど遠い現実

-実際に診療所を開業していかがでしたか。

驚いたのは在宅医療を行っている患者さんのうち8割が、病院で亡くなっていたという事実でした。
在宅医療の現場では、死が近くなると本人もご家族も次第に受け入れ、「最後の数日を一緒に暮らして幸せだな」「最期を皆で見送れてよかったな」という気持ちになってくださいます。そのために在宅医療はあると私も思っていたのですが、様々な事情で最期が近づいた際に「やっぱり病院に入れよう」とか、普段様子を見てなかったご兄弟が突然「家では無理だ」と言い始めたり、最期までお看取りができない理由が出てきてしまうのが現実なのです。

当院では、看取り件数が着実に増えていっていますが、最期まできちんと在宅で看取りをするためには私たち医療側からアプローチが必要だと考えています。こちらから患者さんやご家族に対してメッセージを出していかないといけない。そのためには安心していただけるようなチームワークも必要です。
医師はもちろん看護師やスタッフ含めて全員が、ご自宅で看取れるだけの環境を用意していますよ、という積極的な働きかけをしないといけないと思います。

-ご家族へ歩み寄りが大切なのですね。

ご家族はもちろんですが、ご本人も大切です。自宅で最期を迎えたいと思っても、手伝ってくれる家族のことを考えると言い出せないというケースも多いです。患者さんもご家族も、それぞれ様々な葛藤があり、思いや希望をお互い言語化できていないんですよね。

そんな中で、彼らと一緒にゴールを作っていくことが我々医療スタッフの役割です。そしてそのゴール作りは、医師が働きかけるのではなく、専任スタッフが「プロフェッショナル」としてサポートできるような仕組みにしたいと考えています。pixta_21977290_S-1-min
▲近代的で開放感あふれるオフィス。近隣の医療関係者の集まる場としても提供されており、毎晩活発なディスカッションが行われている。

在宅医療のプロフェッショナルを育成したい

-医師以外のスタッフが主導するモデルということですか?

どんなに医師が素晴らしくても、それはその医師一人の力でしかありません。地域の中で看取りまで満足に行える在宅医療を普及させるためは、在宅医療サービスの環境整備が必要です。そのために、まずは病院のスタッフが在宅医療の意義、看取りの意義を理解していないといけません。

実は、板橋区は急性期病院が23区内で最も多いのですが、医療関係者間で最期の選択ができてなくて、誰も決断できずに空中戦のような状態になっているという状況もあります。MSWや退院支援看護師などと連携して患者さんやご家族とゴールを設定していればこういったことも減るはずなんですが、そのためにもまずはゴール設定・共有を行える「プロフェッショナル」が必要となると考えています。

在宅医療では日々の診療も大切ですが、それ以上に患者さんの生活に寄り添ってじっくりと話し合い、どのように生きるかを一緒に考えるというケアが大切です。後者が在宅医療の8割程度を占めるといっても過言ではありません。
しかし、在宅医や看護師だけでカバーすることはできませんので、患者さんに寄り添う新たな専門職が必要と私は考えています。

-患者さんに寄り添う専門職、ですか。

参考にしたのが、アメリカのPA制度(PA=Physician Assistant)です。学生時代にアメリカの病院に勤務した際にPAについて知り、日本の医療にも必要な存在だと強く思いました。そこで現在当院では、患者さんをゴールへ導くためのプロフェッショナルとして、日本版のPA職を取り入れようと人材育成を始めています。pixta_21977290_S-1-min
▲やまと診療所さんのHPは印象的な動画から始まる。在宅医療の現場を知ってもらいたい、すでにあるイメージを変えていきたい。そのような思いが随所に溢れている。

命の現場で人を育てる

-PAの存在は今後の在宅医療にとってポイントになりそうですね。

そうです。PAは医師の単なるアシスタント・助手ではなくて、「自ら主導で」患者さんやご家族をケアする専門職です。当院では現在PAの専門研修を行っていますが、彼らは医療とは全く畑違いの分野から来た人間ばかりです。
ですが、みんな「命の現場」に対してまっすぐな気持ちを持っており、業務終了後も遅くまで研修にはげみ知識修得を行っています。ちなみに研修では、医療の知識はもちろんのこと、それ以上に人間教育という点に力を入れています。

-「人間教育」というのは具体的には?

PAの一番の武器は、コミュニケーション力です。患者さんやご家族との会話を通してゴールを導き出すには、様々な物事を調整するコーディネート力や総合的に事象を組み立てるコンサルティング力が必要になります。そしてこれらを行うにためには、患者さん、ご家族と信頼関係を築き上げるコミュニケーション力が最も重要です。

PAは、患者さんやご家族が言語化できない部分を、ヒアリングを通して具現化しそれを共有する役割です。その内容を医療・介護従事者たちにシェアすることで、関わる全ての人間がゴールを認識して実現するための環境を一緒に作りあげるのです。PAは、在宅医療の中心となる存在になり得ると思っています。pixta_21977290_S-1-min
▲「人の生死を預かる在宅医療はまさに命の現場であり、ヒューマニストの一丁目一番地」と語る安井先生は、常に未来の在宅医療のあり方を考えた活動を続けている。

都市型地域包括ケアのモデルケースを作る

-在宅医療を取り巻く現在の環境に対して、いかがお考えですか。

今は、行政が大号令を出しても、現場が具体的にそれぞれのやり方を考えないといけません。そこで大きな時間のロスが生まてしまっている。そこで私は「都市型モデルの場合はこうやればよいんだ」というモデルケースに、まずは当院がなる必要があると考えています。板橋区でひとつのモデルケースを作れば、東京都内の他の区でもそれぞれがモディファイをすることで導入が可能になりますよね。

そして東京で問題が解決すれば、次に都市部ではこう解決する、さらに田舎ではこう…と次第に地域にあった在宅医療モデルが構築されます。こうしていけば、さらに同じことが、今度はアジアでも起きるかもしれません。

-2018年には診療報酬・介護報酬のダブル改定が迫っていますが、何かお考えは?

今、日本では年間160万人が亡くなっています。この問題にどう対処するかは、行政がお金を出すか出さないかという問題ではありません。もちろん、保険診療ですし診療点数も大事ではありますが、それ以上に現状に対する解決策を構築する方が先決ですよね。仮に診療点数に増減があったら、それに対応できる方法を冷静に模索するしかないですし、そういう気持ちが大事ではないでしょうか。

-最後に、安井先生の信念についてお聞かせください。

人の生死を預かる在宅医療はまさに命の現場であり、ヒューマニストの一丁目一番地です。なぜ自分が医師をやりたかったのか、それに最も近い本当にやりたかったものに近いのが在宅医療だと感じています。やまと診療所の「やまと」という名前も、この国の将来を考えていくための組織という意味で名づけました。

在宅医療は、命の現場で人を見送らせていただいて、自分たちが受け取ったものをまた次の世代につないでいくという、魂に関わる仕事です。診療はもちろんですが、それ以上に命の大切さを真摯に受け止めて、「次に繋ぐ」というやまとの心を持った人材を育成し輩出することが私たちの使命だと考えています。

取材後記

安井先生はご自身の様々な経験などから、生死に真剣に向き合われていらっしゃいます。家族で最期を看取るために必要なインフラとしての医療体制、人材教育、そして社会への啓発など、様々なアプローチを通して今後の在宅医療の在り方に一石を投じられていると感じました。きっと在宅医療の業界に今後、新しい風を起こされることでしょう。

◎取材先紹介

医療法人社団 焔(ほむら)  やまと診療所
TEL:03-5917-8061
http://yamato-clinic.org/

<取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 菅沢健治>

【無料公開中】人気記事を資料にまとめました!

資料ダウンロード「感染予防」