即戦力の管理栄養士育成のため奔走する大学教授!医療機関と連携したスキルアップセンターを来年開校!‐大妻女子大学 家政学部 食物学科 管理栄養士専攻 教授 川口 美喜子‐

大妻女子大学家政学部にて教鞭を執っている川口教授は、学生に臨床栄養学を教える傍ら、授業以外にも管理栄養士として様々な活動を行っています。毎週火曜は東新宿の在宅医療拠点で高齢者やそのご家族向けに栄養指導を行い、さらに月に一度は緩和ケア等を行う在宅医療医や医療関係者と勉強会を開催し、今後の訪問栄養指導の在り方について話し合う機会も作っているとのこと。

様々な形で高齢者や在宅療養者の栄養指導に取り組む川口教授に、栄養管理の側面から見た在宅医療の現状や今後の課題について伺いました。

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▲川口 美喜子(かわぐち・みきこ)さん
大妻女子大学 家政学部 食物学科 管理栄養士専攻 教授

大妻女子大学 家政学部 食物学科管理栄養士専攻卒業後、管理栄養士を取得。その後、島根医科大学研究生を経て同大学医学部附属病院第一内科文部教官、栄養管理室室長に就任。さらに特殊診療施設臨床栄養部副部長、栄養治療室室長を経て、平成25年から大妻女子大学家政学部教授に。島根大学医学部臨床教授、医学博士。
医学博士、管理栄養士の他、日本病態栄養学会がん病態栄養専門師、日本病態栄養学会NSTコーディネーター、日本糖尿病療養指導士、TNT-D認定管理栄養士、日本病態栄養専門師、公認スポーツ栄養士、日本ライフセーバー認定資格等を取得。

食事を通して医療の役に立ちたい

-先生は子どもの頃から管理栄養士になりたかったのでしょうか。

私は島根県の山地で生まれ、お肉といえば飼育している鶏のみという世界で幼少時代を過ごしました。そんな中、1964年(昭和39年)にオリンピックが東京で開催されることになり、我が家でもテレビを購入したのですが、そこに映し出された映像に本当に衝撃を受けました。
建物、食事、服装、映画、絵画、音楽など、島根の山奥では見たことがない様々な文化が、同じ日本なのに東京という場所には全てがあるということを初めて知ったのです。テレビの中で初めて「ひき肉」という食べ物を見た時は、どうしても作ってみたくて自宅でコッソリ鶏肉を石臼で曳いてみたのですが、後で親に相当怒られましたね(笑)。

-確かにあの頃は東京と地方の差は大きかったかもしれないですね。

そう。だからもう、「とにかく東京に行きたい!」と思って親を説得しましたよ。山陰出身の方で、都内で医師をされているご夫婦がいらっしゃったので、この家に住み込みで働くことを条件に、なんとか東京に行くことを許されました。
食べ物が好きだったので大妻女子大で栄養学について学び始めましたが、住み込み先が医師の家だったこともあり、食卓や普段の生活の中などで色々な話を聞く中で、医療分野にも次第に興味が出てきました。

そんなこともあって、大学の非常勤講師をされていた済生会中央病院の管理栄養士の先生による栄養管理の授業において強い感銘を受けました。実は当時、済生会中央病院は糖尿病教育入院を行っている唯一の病院だったのですが、この授業に参加した際に「食事で病気が治せる」「食事が治療になる」ということを知り、「医療」と「栄養管理」という自分の目指すべき方向が見えたと感じました。管理栄養士という立場から、医療現場で役に立ちたいと思い始めたきっかけですね。

-医療現場とはどんな形で繋がっていかれたのでしょうか。

卒業後はご縁をいただき済生会中央病院へ就職し3年弱務め、結婚を機に再び島根県に戻ることになりました。医療の道へ興味があったので島根医科大学の研究生として採用いただき、その期間に医学博士を取得しました。
その後は栄養管理士として同大学の第一内科文部教官に就き、糖尿病、生活習慣病、がんの患者さんの問診や学生指導、臨床現場など医療現場の最前線に携わることができました。

通常、栄養士は栄養・食事の管理と指導する業務が中心ですが、私の場合、医師に近い立場で医療現場の栄養管理に接することができたため、少し違った視点で栄養学の重要性に気づくことができました。この時の臨床現場での経験が、その後の私の考え方に大きな影響を与えています。

栄養管理計画だけでは足りない!臨床現場を見て知った「食の現状」

-臨床現場で実際に患者さんの回診をされてみていかがでしたか。

当時は、病院では一般的に入院から退院までの患者さんの食事提供は、医師や看護師等からの情報と指示に基づいて提供されていました。栄養士が実際に患者さんの食事摂取の状況や身体的な状況を直接見ることは、特別な患者さん以外はほとんどありませんでした。
ですが私の場合、文部教官として医師と共に入院患者さんの回診を行っていたため、患者さんの食事の様子や体調の変化といった日々の違いにも気づくことができました。

例えばがん患者さんの場合、回復を目的として様々な治療を行いますが、化学療法や放射線療法など侵襲性が高いものも多く、「この治療を続ければ治る」と分かっていても日々の痛みでどうしても気分がふさがってしまっていたり、お子さんの場合、クリーンルームに自分だけ入っている意味が理解できずに混乱してしまったり…。いくら栄養管理計画に則った食事を出しても、そういった日々の治療状況や症状、さらに感情等によって、食事が思うように食べられなくなっているケースが多くあることを目の当たりにしたのです。

-栄養管理計画に則っていても、実際には食べられないケースがあったのですね。

それまで私は20年ほど医局で動物実験や組織や細胞実験を行っており、国内外の様々な学会で論文発表を行うなどやりがいを持って研究を行っていましたが、回診で患者や家族に触れながら「大切なのはこの現場で起きている状況では?」というもっと患者の病態を把握した栄養食事療法で治療ができるのではないかと感じ始めていました。
今の病院の食事体制では栄養士が医療現場に入ることはほとんどないため、もっと患者さんに寄り添った栄養食事のサポートをする必要があると思い、栄養士がもっと現場に近づいた体制にしようと、仲間たちと語る機会が多くなりました。

-そこでNST(栄養サポートチーム)を自ら立ち上げられたのですね。

そうです。2004年、同大学の栄養管理室長に就任したことをきっかけに「もっと患者さんに寄り添った栄養食事治療を提供しよう」とNST(栄養サポートチーム)の立ち上げを決意しました。
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▲「医師とともに患者さんを回診することで客観的に栄養治療を見直すことが出来た。」「がん患者さんと関わることで研究だけじゃなく、もっと目の前の人の役に立つことがしたい!と思うようになった。」と優しい笑顔からは想像できないほどバイタリティ溢れる川口教授。

「寄り添った食事」を実現するために様々な行動を起こす

-当時、NSTを栄養士さんが主体で立ち上げることはあまりなかったのでは?

確かに25年以上前は、NSTは医師が立ちあげるケースが一般的でした。でも、とにかく早く、誰かがやらないといけない状況でしたので、すぐに栄養士と協力して準備に取り掛かりました。患者さんの状態について調査や面談を繰り返し、さらに全診療科の教授に調査結果を持ってNST導入について提案に行きました。
最初は導入に対して怪訝な顔つきだった先生もいらっしゃいましたよ。それでも、夜討ち朝駆けではないですが(笑)、何度も何度もお伺いしてNSTの必要性や導入後のメリットについて説明して、とうとう島根医科大学にもNSTが導入されたのです。

入院がん治療の患者さんや退院後に在宅療養者の方には個別で食事の対応していかなければならない必要性を強く感じました。病院再開発時には、厨房に個別対応の食事がいつでも作れるように個別に調理設備を整え、栄養相談室に附属の患者指導用調理室の設置、栄養士がいつでも新たな調理や嚥下機能に合わせた調理を研究できる測定機器を整えた料理研究用の部屋を完備しました。栄養士が調理と栄養に特化して研究、臨床そして教育が出来るためのハードはしっかり整えました。

-自ら先頭に立たれて立ち上げられたのですね。

がん治療の管理栄養に携わることが多かったので、最期まで幸せに食事を食べてほしいという想いから、がん患者さん専用の「がん専任栄養士」という専任の栄養士制度も作りました。食欲不振から生きる喜びを失いつつある患者さんに、好きな食事や思い出の詰まった食事をお出しすることで、治療中も美味しく食べていただくことはもちろん、その食事に詰まったエピソードによってご家族との楽しい会話にもつながってほしいという想いで立ち上げました。

ただ残念ながらこの時に感じたのは、島根から声高に伝えてもなかなか信頼と発展がないということを感じていました。また、情報伝達のスピード感や同調して下さる方と時間を共にする機会が少ないことに、孤独感は募っていました。
東京近郊から、がん栄養治療の患者さん向けの提言した際には、様々な方面に影響が波及していくことはいつも驚きでした。やはり、東京都内から私の感じている管理栄養士の視点からのがん栄養治療の情報発信することが必要だと感じました。

様々な医療現場で必要とされる管理栄養の知識とスキル

-大学教授になられてからも、様々な活動をされていると伺いました。

大妻女子大の教授に就任してからは、ご縁あって新宿区都営戸山ハイツの「暮らしの保健室」にて、いらっしゃる方々へ食事の提供を行っています。ここには団地の方はもちろん遠方からも一人でお住いの高齢者の方や老老介護の方、がん患者さん、さらに介護を行っているお子さんなど様々な方が介護や食事について相談に来られます。

今まで病院の患者さん向けに栄養指導を行って来ましたが、ここにきて様々な人と触れる中で、在宅療養者へ対する食事指導がより重要だと感じました。
実際に看護小規模多機能型居宅介護などでは、管理栄養士の資格がない方が食事を作っているところがほとんどです。高齢者の方は誤嚥の危険もありますし、知識の乏しい方が食事を提供するのは、利用者さんの栄養改善に不利であったり危ないこともあります。常勤が困難でも、管理栄養士との連携を義務付けなくてはいけないと感じます。
もっと食の重要性を医療従事者の方々にも伝えなければいけないと感じ、現在は緩和ケアや終末期ケアを行っている在宅医療の先生方等と連携し、月に一度、在宅療養者の食事指導に関する勉強会を開催しています。
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▲栄養について楽しく分かりやすく学べるランチョンマット(左)。それぞれの栄養をバランスよく食べられるように、食材と適量が一目で分かるお皿。1人暮らしの女性から認知症の高齢者にまで幅広く使用されている(右)。どちらも川口教授の力作です!

-食事が与える影響は本当に大きいですね。

つい最近でも、医師から胃瘻を提案された在宅療養の方が、数ヶ月で普通食に近いところにまで回復した事例もあります。

-そんなに回復されるのですか!?

患者さん本人や奥様と色々お話をお伺いする中で、患者さんは食べ物が口の中から咽頭に進まないことが分かったので、豆味噌の付いた柔らかいおかゆとゆるいお茶ゼリーを交互に食べてもらったところ美味しそうに食べることができたのです。さらに1ヵ月後にペースト状の一食を、2か月後には煮込みハンバーグを、そしてその1ヶ月後にはコロッケまでを完食することができるようになりました。結果この方は、胃瘻を行うことなく、元気に通所介護で過ごしています。
美味しいものを食べて喜びや生きる意味を見出すことは、症状の改善、ひいては生きる目的にもなるのです。
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▲「食べる気力がない時は、栄養士が数日寄り添うことで、辛い時期を乗り越えることもできる。」と食べることの大切さを教えてくださる川口教授。

新たな試み「地域・在宅栄養士スキルアップセンター」の構想

-在宅医療における管理栄養士のニーズは今後ますます高まるのではないでしょうか。

とはいえ、手放しで喜べないところもあります。医療現場で管理栄養士として仕事を果たすためには、患者さんに関する正確な現状報告やアセスメントを行うスキルが必要です。「患者自身が求める栄養治療の目標と必要エネルギー量などの設定、どんな食形態で、摂取エネルギー量はどの程度なのか」など管理栄養士に求められる情報を的確に把握して医師・看護師に報告する力がなければ管理栄養士の存在意義はありません。単純に「栄養や食事に関心がある」というのと、「食事によって治療を行う」というのでは、全く意味が違うのです。

-医療の一環として活用できるだけの知識が必要ですね。

そのために私が今考えているのが、「地域・在宅管理栄養士のスキルアップセンター」の設立です。在宅医療に興味を持っている栄養士も多くいますが、現状、「栄養士のスキルに疑問がある」「在宅医療と連携する方法がない」「栄養士が何をしてくれるのか在宅医療従事者が把握してない」の3点が課題になっています。栄養士側にも医療機関にもまだまだ課題がある中で、スキルアップのための教育機関と合わせ医療機関との連携を斡旋する本部機能を持ったセンターを目指しています。

-実際にはどんな講座を行う予定ですか。

医療現場でも活躍できるように、診療報酬等の医療法規の習得や栄養報告書の作成などを考えています。また講師は管理栄養士ではなく、医師、保健師、薬剤師、心理学専攻、在宅医療従事者、さらに在宅医療連携拠点の方など幅広い分野の方に依頼中です。

-幅広い知識を習得できる講習になりそうですね。

在宅医療において、栄養食事指導は今後ますます重要になってきます。そのためにも、管理栄養士が医療現場で戦力となれるスキルをきちんと身につけること、さらに医師・看護師・薬剤師などと連携し患者さんや家族へ寄り添えるような管理栄養指導ができる人材に育てる必要があります。
同時に、在宅医療従事者が栄養指導の重要性をより深く理解することも大切です。そのためにも管理栄養に関する様々な情報発信を行い、両方の側面からアプローチをしていくことが私の使命だと考えています。

取材後記

川口先生は、お会いした瞬間から笑顔のとても素敵な方という印象でしたが、お話を伺っていくと、そのお姿からは感じられない圧倒的な行動力に驚きを隠せませんでした。先生の視線は常にぶれることなく「患者さんに寄り添う」ところを見据えており、NSTの立ち上げやがん専任栄養士の設置、さらに現在は医療現場でも活躍できるスキルを持った栄養士の育成にまい進されています。私が申すまでもなく、今後の在宅医療の栄養管理面に、とても大きな布石を残されると感じました。

◎取材先紹介

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大妻女子大学 家政学部 食物学科 管理栄養士専攻
〒102-8357 東京都千代田区三番町12
TEL:03-5275-6117

<取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 加藤綾子>

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