訪問歯科の今と未来〜口腔ケアの大切さをもっと発信したい!〜 ‐医療法人社団活生会 安寿歯科 院長 池川裕子‐

都営荒川線「三ノ輪駅」から徒歩5分、JR「南千住駅」からも徒歩10分ほどの場所にある安寿歯科は、往診による診療が8割以上という訪問歯科に特化したクリニックです。院長の池川裕子先生は2014年にこの地に安寿歯科を立ち上げ、現在は約200人の患者さんの歯科治療を行っています。医師の訪問診療と比較すると、まだまだ情報発信が少なく医療関係者の中でも理解が十分されていない訪問歯科診療。しかし、実は歯を治療することで転倒リスクを減少したり、要介護度の進行を抑えることに繋がるなど、今後の医療・介護において重要な役割を担う分野です。今回は池川先生に、訪問歯科の特色や意義、また今後の課題などをお伺いしました。


▲池川 裕子(いけがわ・ゆうこ)さん
医療法人社団活生会 安寿歯科 院長

松本歯科大学卒業後、神奈川歯科大学にて研修。都内の訪問歯科クリニック勤務後、安寿歯科の院長に就任。現在に至る。

障害者歯科で技術を学び訪問歯科の道へ

-歯科医、その中でも訪問歯科の分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

医師が多い家系で医療が身近な存在だったこともあり、家族と話し合ったり色々と調べる中で、自然な流れで歯科医も選択肢となりました。その中でも訪問歯科の道を選んだ理由は、いろいろな偶然も重なっています。そもそも歯科部にも様々な学科があるってご存知でしたか?

-確かにあまり具体的なイメージはつかないです…

「歯医者」というと包括治療的なイメージですが、虫歯治療や歯周病を扱う保存科、クラウンブリッジなどの歯の欠損を扱う補綴科、さらに歯周病科、口腔外科、矯正科、小児歯科、高齢者歯科、予防歯科等に分かれております。臨床実習では全ての実習を行うことが必須になっているのです。特に私が入学した松本歯科大学は、その中でも「障害者歯科」に力を入れていたため、自然とこの分野に興味を持ちました。

-「障害者歯科」とはどういうものですか。

重度の心身障害を持った方や寝たきりの方への歯科治療、口腔機能の改善、さらに高齢者の方の場合はQOL改善も含めたケアについて研究する学科です。
障害を持った方は治療途中に暴れてしまうこともあるので、安全に治療を遂行するためには全身麻酔に近い静脈内鎮静麻酔を使用します。麻酔をしている患者さんを、一度に複数人ケアすることも多かったですね。
そんな日常でしたので、臨床実習で他の歯科大に行った際に、静脈内鎮静麻酔を使う歯科治療は実は特殊だったんだということを、後から知りました。訪問歯科においても、障害者歯科で培った技術である、臨機応変な対応と冷静な判断力は活かせると思いました。
▲「卒業時に勤務先を探す際に、障害者と高齢者の両方へ治療を行っている訪問歯科へ見学に行ったところ、そのまま面接・採用とトントンと進んでしまって、今思えば運命でしたね」と笑いながら語る池川先生。

在宅医療における訪問歯科医の重要性

-開業当時、訪問歯科はまだメジャーではなかったのではないですか。

そうですね、訪問歯科をやっているクリニックはとても少なかったですね。でも実は、訪問歯科という形態は50年くらい前から存在していて、私も子どもの頃に訪問歯科のドキュメンタリーをテレビで見た記憶もあったので、それほど抵抗はありませんでした。

-それは運命的ですね!

確か、訪問歯科用のポータブルユニットを開発された先生のドキュメンタリーだったと思います。それこそ私が大学に入る10年くらい前の番組だったので、訪問歯科というものを知らない人も多かったと思います。
…ですが訪問歯科を取り巻く環境は、実は今もそれ程変わっていないと思います。それこそ、ここ数年で訪問医療が重要視されてきていますが、少し前までは歯科医の中でも、訪問歯科は良いイメージはあまり持たれていなかったように思います。

-そうすると、訪問歯科はまだまだ数も少ないのでしょうか。

東京都内では、歯科医の中で訪問歯科診療に取り組んでいるのは全体の10%程度でしょうか。興味はあっても実際に治療を行っている歯科医はまだまだ少ないのが現状です。また、訪問歯科に取り組みたくても、研修受け入れ先が少ない、採用自体がないというケースも多く、若い歯科医師の間になかなか広がりませんでした。
最近では大学でも積極的に訪問歯科がPRされるようになったようで、今後は訪問歯科を目指す学生も増えてくるでしょう。すでに飽和状態と言われる歯科医ですが、この分野ではまだまだ需要が大きいです。ぜひ多くの方が続いてきてくれればと思いますよね。
▲現在は200名程度の患者さんをご担当。「ご自宅だけではなく介護施設へ伺うこともあります。ご紹介はケアマネさん経由が多いですね」と池川先生。

重度の歯科治療も行える訪問歯科の技術

-訪問歯科診療では実際にはどんな治療を行っているのでしょうか。

歯科医は、道具がそろったクリニックに構えていないと仕事ができないと思っている人が多いのですが、実際にはそんなことは全然ないんです!訪問用の診療ユニットもありますし、必要な時にはご自宅でX線撮影だってできます。椅子を倒さずに座位のままでも治療はできますからね。逆に寝たきりの方の場合、その方にあった姿勢で治療を行っているので、椅子がないほうが臨機応変に対応できますよ。

-訪問歯科でも定期診療が必要なのですか?

そうですね。歯科の場合は治療が終了するまで集中的に往訪するスタイルが基本です。入れ歯ができるまで毎週行くようなイメージですかね。ただし当院では、できるだけ誤嚥性肺炎予防や嚥下訓練なども含めて定期的に診療を行うよう提案をしています。口腔のケアは全身の状態にも大きく関連しているので、ご本人やご家族の理解を得られた場合は、その後も継続して治療を行います。

課題は、医療・介護従事者側の口腔ケアへの意識不足

-訪問歯科における課題にはどのようなことがありますか?

高齢者の方、特に認知症の方は「歯が痛い」ということを家族や周囲の方に伝えられていなかったり、そもそも歯が悪くなっていると医療従事者側も気付いていないケースがとても多いのです。

実際に訪問して患者さんの口腔内を見ると、全く歯がなく、入れ歯を支える上下の歯がなくなっているというケースがよくあります。

それでも患者さんは「普通に噛めてるよ」と言うのでご家族がいても気づかないことが多いのです。じゃあ、本当に噛めているなら私の指を噛んでみて、というと、当然ですが、噛めないんです。歯茎で潰していたり、糖尿病の方の場合は感覚障害で痛みを感じなくなっていたり、それ以外の部位の痛みがひどくて気づいてなかったりと原因は様々で、実際に歯科医が口腔内を診たら、実は大きな傷や口内炎ができていることがよくあります。認知症の方の場合は、歯が痛いと言えないので暴力などの行動に繋がることもあります。

-それは大きな問題ですね。

そうです。胃ろうを使ってるから虫歯や歯周病はないと家族が思い込んでいることもあります。それ以外にも歯がすでになくなっているのに、本人も周囲も気づかずに入れ歯を使い続けている人もいます。もちろん、口を開ければ落ちてきますけどね。

-その状態では、かなり大掛かりな治療になりそうですね。

入れ歯を作るだけでも4回は診療が必要ですからね。でも歯科治療のルールとして、入れ歯を作る前に虫歯治療や歯石除去を行わないといけないのでもっと回数がかかります。私たちが行くまでは、限界まで放置されている、というのが現状ではないでしょうか。患者さんがどうしても耐えられなくなり、ケアマネさんに「歯医者を呼んで」と相談して、ケアマネさんが「え?なんで?」って驚くみたいな流れです。

日本は欧米よりもデンタルIQが低く口腔ケアへ対する意識も薄いというのはよく言われるところですが、まずは医療従事者・介護者が口腔ケアに対して意識改革することが今後重要になると思っています。


▲「患者さんがお亡くなりになった後のご家族のケアがこれからの医療には必要です。今はボランティアですけど、患者さんが亡くなった後もご家族の相談役になりたいと思って、地域で活動を始めました」と語る池川先生。どんどん活動範囲を広げておられます。

口腔ケアの重要性を訴えるために

-これからの訪問歯科や口腔ケアについてお考えを教えてください。

口腔ケアの重要さを最も多くの方にちゃんと理解してもらうためにも、ご自宅の近くにかかりつけ歯科医がいるような状態にしないといけないと考えています。元気だった頃にお世話になった先生がその後も診てくれれば、あの人はこういう時に症状が出やすい、などある程度イメージができるかもしれません。今後は歯科治療においても、高齢者と地域医療がもっと親密になる必要があると考えています。

-歯科医師も地域での連携が大切ということですね。

そうです。現在私のほうでは、訪問歯科の現状を発信するために地域の医療関係者が参加する情報交換の会や各地区での講演、さらに終活の勉強会等の活動にも参加しています。競合が少ないほうが儲かるとか、一人勝ちをするとかそういう問題ではありません。関わる医療関係者が、全員で地域を助けるというスタンスが大切だと考えています。

-口腔ケアによって症状改善に繋がるケースもあると伺いました。

要介護と健康の間にある状態を「フレイル」と言いますが、この状態からであればまだ健康な状態に戻り、要介護になるリスクを下げられると注目度が上がっています。ロコモやサルコぺニアという言葉も使われるようになっていますが、まさにこれらを足した状態が、フレイルです。
フレイルと口腔ケアは大いに関係しており、例えば入れ歯があってない人の転倒リスクは通常の場合の2.5倍だったり、虫歯があると認知症の発生リスクが2倍になったり、歯の本数が19本以下だと要介護になるリスクが高いなど、様々な論文が出ています。だからこそ8020運動が叫ばれているのですね。

-口腔の状態が、まさに体全身の状態に関わってくるのですね。

歯科医は、口腔内だけではなく全身へも目を配らせることが大切です。脳梗塞の場合は抜歯前に内科の健診が必要ですし、麻痺になっている方の場合、口腔訓練という運動をすることで症状をかなり軽減することができますし、今まで何も食べれなかった患者さんが口腔ケアでゼリーを食べられるようになったという事例もあります。こういった全身の症状も配慮した上で診療をするのが訪問歯科の存在意義であり、そのためにも全身を診ている医師と連携することがとても大切になってくるのです。

訪問歯科はまだまだ人材も不足しており、課題も多くあります。積極的に情報発信や情報交換を行い、口腔ケアという観点から、医師、薬剤師、看護師、ケアマネさんなど、様々な医療関係者との連携を強化していければと考えています。

取材後記

池川先生は、快活な方で様々なイベントでも講演を行い、訪問歯科への理解を広げようとされています。歯科というと虫歯や歯周病などに目が行きがちですが、池川先生のお話を伺ってイメージが一変しました。訪問医療や高齢者の歯科治療という観点では、全身の症状はもちろんその後についても視野に入れたケアが求められており、すでに国や行政も少しずつ動き出している状況を鑑みると、今後の需要はより一層広がりそうだと感じました。

◎取材先紹介

医療法人社団活生会 安寿歯科
〒116-0003 東京都荒川区南千住1-15-2-101
TEL:03-3891-8984
HP http://kasseikai.or.jp

<取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 菅沢健治>

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