患者と家族の心を癒やす “浪花節(なにわぶし)” ドクター −医療法人 旭医道会 中村クリニック 院長 中村俊紀−

大阪・住之江区の下町風情が残る住宅街に、中村クリニックはあります。院長の中村先生は、1999年の開業当初から外来診療と訪問診療の両方に力を注いでこられました。現在は、志を共にする医師仲間と協働してネットワーク診療を行い、周辺地域を中心に約600名の訪問診療に応えています。

長年にわたり、在宅医療に携わり続けてこられた中村先生が大切にしている信条、現在感じておられる課題などを語っていただきました。

<ドクタープロフィール>

▲中村 俊紀(なかむら・としのり)医師

医療法人 旭医道会 中村クリニック 院長

1967年生まれ、国立大阪大学医学部卒業。同大学付属病院老人内科(現:老年・総合内科学)、大阪府立成人病センター循環器内科の勤務医を経て、1999年1月に中村クリニックを開設。2016年8月、旧診療所の隣りに新館クリニックが完成。

 

相談に応じるうち、口コミで増えていった訪問診療

—1999年の開業当初から、訪問診療も行っていたのですか?

いえ、最初は外来診療が中心でした。一番最初の訪問診療の患者さんは知人の親御さん。それまでも度々、脳梗塞を起こし、ご自宅でほぼ寝たきりの状態だったんですが、「もう入院はしないで家で最期を迎えたい」と望んでおられました。その要望に応える形で、お亡くなりになるまでの数年間、ご自宅へ通って診療させてもらったのが始まりです。

さらに同じ頃、別の患者さんが胃癌の末期で余命数ヶ月だとわかりました。家族と離れて仕事一筋で生きてきた人だったんですが、「最期くらいは自宅で家族と一緒に過ごす時間をできるだけ多くしたい」とのことで、その願いを叶えたくて看取りまで医師としてお手伝いをしました。余談ですが、その時の患者さんの息子が成長して、今うちのクリニックでスタッフとして頑張ってくれているんですよ。

 

—患者さんやご家族の要望に応える形で、自然に訪問診療が始まったんですね。

そうですね。大学生の頃に進学塾の講師をしていた時期があるんですが、医大を目指す生徒も多く、その時の教え子の家族、さらにその知り合いなど、徐々に訪問診療の依頼が増えてゆき、気づいたら年間30人くらいの患者さんを在宅で診るようになっていました。

この辺り一帯は、太平洋戦争の時に空襲に遭わず焼け残りました。それだけ昔から住んでいる高齢者が多い地域で、通院できる元気な高齢者の背後に、医療を必要としているのに通院がままならない高齢者が想像以上に多いことが、訪問診療をしながら分かってきたんです。だったら、気づいた私が診に行こう!と。そんな感じで今に至っています。

 

—患者さんからのファーストコールは基本的に先生ご自身が?

開業当初から全て僕が対応しています。不在時に伝言を残して患者さんや家族が安心してしまわないよう、必ず僕と直接話ができるよう、携帯の留守番電話の設定はあえてしていません。「先生に診てもらったことないんですけど、○○さんから番号を聞いて連絡しました。助けてください」とか、患者さんの家族が救急車の中から「今から先生のところへ行ってもらっていいですか?」という緊急連絡も時々ですがあります。

 

—余計なお世話ですが、先生の公私の境目って・・・。

ありません(笑)。というよりも、必要ないんですよ、僕の場合は。医者である自分が好きだし、自分が医者であることを再確認させてもらえるから、訪問診療に携わり続けているところもありますね。

 

—そう思うきっかけになった出来事があったんでしょうか?

ご夫婦で外来に通っていた患者さんがいらして、「通われへんようなったら在宅で診てくださいね」と言ってくださっていたんですが、旦那さんが急死されたんです。本当に急だったので僕が看取ることはできなかったんですが、後日、奥さんが「本当は先生に死亡診断書を書いてほしかった」と言ってくださって。そこまで信頼して、人生の最期を託してもらえるのが在宅医療の医者なんですよ。公私の境目なんて必要ないでしょう。

 

誠実というよりも、正直な医者でありたい。

—在宅医療は、患者さんの人生や家庭に踏み込む側面もありますが、線引きはどうされていますか?

僕の場合は、線引きもしないですね。医者と患者というより、知り合いが病気になったと考え、できる限りのことをしたいと思っています。患者さんの家庭にも入り込んでゆきますし、そこに疲弊を感じたり、患者さんを選んでしまうような制限を自らかけてまうと、本当の医療の現状なんて見えてこないじゃないですか。在宅医療って、日本社会の縮図なのかも知れないと僕は思うんです。

訪問看護ステーションからの要請で隣接している西成地域へ往診に行くことも多いんですが、枕元に護身用の包丁を置いている患者さんや、複雑な事情を抱えている患者さんもいらっしゃいます。僕が診なかったら他に誰が診るんだろう、と突き動かされている部分もあるし、曲がりくねった人生を歩いてきた先達の患者さんには、僕みたいなざっくばらんな医者の方が話も通じやすいのかも知れない、と思ったりもするんです。

 

—そこまでできてしまうのは、訪問診療だから?

僕、怖がりで死ぬのが怖いんですよ(苦笑)。だから、医者として訪問診療に携わり、看取りをさせてもらうことで、人生のさまざまな先達から死に方と生き方を教えてもらっている気がしているんです。誰にでも、いつか必ず死が訪れます。患者さん一人一人が、僕たちの人生の水先案内人でもあるわけです。

患者さん本人と「最期はどこで、どんな風に迎えたい?」「そやなぁ、誰かの手を握って死にたいなぁ」なんていう話も、しょっちゅうしますしね。できるだけ穏やかに、その瞬間を迎えるためのサポーター役が、医者の役割だと思っています。

医者として、数え切れないほど患者さんの看取りをさせてもらいましたが、やっぱり未だに死ぬのは怖いです。そう思えている限りは、医者であり続けられるのかも知れませんけどね。

 

—訪問診療をされるようになって、外来診療にも良い変化がありましたか?

患者さんとの世間話が、さらに増えました(笑)。血圧が普段よりも高い場合など、何か変化があったら「どないしたん? 心配事があるん?」と声をかけますし、病状とは関係ない返事がかえってくることを百も承知で「今、何か困っていることはある?」と、あえて聞くこともあります。今日も「動悸がする」という外来患者さんがいらしたんですが、数値的には大丈夫で、よくよく話を聞いたら家庭の悩みを抱えていたことが原因でした。

患者さんの表情や顔色を観察しながら会話することで気づける変化もありますし、患者さんの性格、過去、家族ひっくるめた全体像を把握して初めて見えてくる病因もあります。それに、外来の患者さんが、いつか通院が難しくなって在宅医療に切り替わる日も決して遠い未来の話ではありませんから。

▲「誠実な医者であるよりも、正直な医者でありたいんです」と笑う中村先生。そんな飾り気のない先生の人柄が、患者さんと家族の心を開いてゆくのだろう。

 

同じ患者を複数のドクターで診る「併診ネットワーク」

—現在は、複数のクリニックを展開されていらっしゃるんですね?

岸和田や堺に直営のグループクリニックが5件ほどあり、他にも当院で働いて独立開業したクリニックが数件、さらに周辺の皮膚科・脳神経外科などの専門クリニックとも連携を取れる体制が整っています。

訪問診療の比重が増えてゆくにつれて、勤務医時代の先輩医師や教え子でもある元塾生の若手医師など手伝ってくれる仲間が増え、ネットワークが自然に整っていった感じですね。

 

—どれくらいの患者さんを、どんな体制で診ているのでしょうか?

現在、うちのクリニックだけで訪問診療数が約300人。グループ全体だと600人以上にはなると思います。あまり数字にこだわらないので、具体的にはちょっと分かりません(苦笑)。基本的には、各クリニックそれぞれが担当患者さんを診ますが、休診日に他のクリニックの外来に入るようにして、一人の患者さんをできるだけ多くの医師が診る体制にしています。

 

—それは、なぜですか?

医師も人間ですから、一人で診ていると、見落としが出てきやすい。例えば、血液データでも、腎臓・心臓・血液内科など、異なる専門の医師が診ることで気づける数値の変化があるんです。「あれ、ちょっと痩せた?」など、微妙な表情や体形の変化は毎週診ている担当医師よりも、数ヶ月に一度しか診ない医師の方が気づける場合もあります。

その患者さんを普段ずっと診ている担当医が診る目も大事だし、あえて別の診る目を増やすことも実は大事。一人の患者さんを複数の医師で診るのが当たり前にできれば、カルテの共有や症例のディスカッションもでき、患者さんへ提供できる医療の質が向上します。また、担当医が診られない緊急時に別の医師が代わりに対応することも可能になります。

 

—グループ診療の先駆けですね。そうした連携の調整も自然に?

連携を取り合っているドクター仲間の多くは、勤務医時代からにチームを組んでカテーテル手術などをやってきたメンバーなので、コミュニケーションが取りやすく、“お互いさま”の精神が根付いているんです。患者さんからのコールがあった場合も、夜中は僕が動ける限り動きますし、日中の往診先などで駆けつけるのに時間がかかりそうな場合は、僕から別の先生に電話してお願いすることもあります。

▲中村クリニックで活躍する医師は、常勤・非常勤を含めて16名前後。グループ診療を行う他のクリニックの医師ともクラウド型の電子カルテで患者の情報共有できる体制を整えている。

 

在宅医療の制度と現場の溝をどう縮められるか?が今後の課題

—長年、在宅医療に携わってこられて、現状をどう捉えていますか?

例えば、在宅医療の診療報酬について、現時点では、一戸建て・マンション・高齢者向け集合住宅などの患者の居住タイプによって点数の不公平感が生じる内容になっています。例えば、計300室の集合住宅内に、末期ガン・ALS・脳梗塞の患者さんがいて、同じ日に各家庭を訪問診療するのが効率的でフォローも手厚くできるのに、「同一建物」という制度の縛りがあって同日の訪問回数が増えるほど、評価(点数)が下がってしまう現実がある。

他にも、小規模多機能型居宅介護施設は、生活の場ではなく通所介護(デイサービス)中心の施設になるため、現状では在宅医療の算定ができず、往診が認められません。だけど、現実には家で看られないから短期宿泊(ショートステイ)を繰り返している場合もあり、医者を必要としているケースは多いはずなんです。

在宅医療のニーズは高まる一方なのに、現実が追いついていない。医療現場と制度との間に、まだまだ溝があるように感じますね。都心部で孤独死が増え、問題視されている背景にも、実は少なからず影響しているんじゃないかと思うほどです。そうしたギャップを今後どう埋めていけるかが課題であり、議論すべき点だと思います。

 

—先生ご自身やクリニックの今後の展望を教えてください

僕、もともと小児科医になりたかったんです。だから、いずれ小児専門の在宅クリニックができたらと思っています。現在も何人か診てはいるんですが、もっと本格的に、小児癌や重度障害を抱えた子どもなどを診察できたらと思っています。

 

在宅医療のドクターに求められる「適切」のさじ加減

—在宅医療に携わるドクターとして、大切なことは何でしょうか?

経験や技術以上に、患者さんとの会話が重要。人と暮らしにどれだけ興味を持って接することができるか、でしょうね。目の前の患者さんが普段どういう生活を送っていて、家族との関係はどうなのか、どういうことが好きで苦手なのか、細かく観察して、その人が望む治療や療養をできるようベストを尽くせることが大切だと思います。

 

—先生のようなドクターが増えてくれたら、患者側としては嬉しいんですが・・・。

僕の診療スタイルをうちの従業員たちは「浪花節(なにわぶし)」と表現するんですが、在宅医療をできるだけ長く、大勢の医師で支えてゆくことを考えたら、これがベストとは思いません。僕は、あくまでも在宅医療のモデルケースの一例。次世代のドクターが僕のやり方から改善点を見出し、時代やニーズに合わせてバージョンアップすればいい。うちのクリニックで働いて独立開業したドクターにも、そう伝えています。

 

—これから在宅医療を目指すドクターにメッセージをお願いします

在宅医療に携わりはじめると「お酒も遊びも旅行も控えます」というドクターが結構いるんですが、「適当が一番やで」とよく言ってるんです。「適当」とは、関西弁で言うところの「ええ塩梅、ええ加減」。「放ったらかし」なのではなく、「適切に」ということです。かしこまって、肩肘張って頑張る必要は全くなくて、「患者さんと一緒に時を過ごす」という想いを大切にしてもらえたらと思います。

▲「医師会の集まりや飲み会で意見交換するのが好きなんです」と笑う中村先生。そこからネットワークが広がることも多く、本音で医療を語り合える関係性を大切にしている。

 

取材後記

中村先生が好きな言葉は、「恤民(じゅつみん)」。人が人に情けをかける気持ちを表わす言葉なのだそう。その精神と優しい眼差しは全ての患者に注がれていて、長年、訪問診療に携わってこられるなかで、時に患者さんの幼い子どもの遊び相手になったり、患者さんを看取った後に葬儀の手配までされたこともあると聞き、正直、驚きました。まるで現代に生きる“赤ひげ先生”です。医療の枠を超えた、人と人の心の通い合いが、訪問診療では何よりの癒やしにつながることを教えていただいた気がします。

 

◎取材先紹介

医療法人 旭医道会 中村クリニック

大阪市住之江区粉浜1−23−31
電話:06−4701−2558 FAX:06−4701−8837
http://www.nakamura-clinic-osaka.or.jp/

 

<取材・文/野村ゆき、撮影・前川 聡>

 

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