その在宅医療は、医療者の自己満足になっていないか? -板橋区役所前診療所 院長 島田 潔-

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三田線板橋区役所前駅から歩いてすぐの場所にある板橋区役所前診療所は、1996年に訪問診療・訪問リハビリを目的に開業された在宅医療クリニックです。当時は、在宅医療という考えがまだまだ浸透していなかった時代。院長の島田先生が熱い思いと信念をもって立ち上げられた診療所は、現在では患者数700名以上、スタッフ数100名、常勤医師数10名(他、非常勤医師15名)という都内でも最大級の在宅医療クリニックに拡大しています。

今回は院長の島田先生と副院長の鈴木先生に、在宅医療に携わるにあたって必要な心構えについてなどお話を伺いました。


<ドクタープロフィール>

▲板橋区役所前診療所 院長 島田潔(しまだ・きよし)先生

帝京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院内科へ勤務。その後、東京都老人医療センター(現 健康長寿医療センター)にて心臓血管疾患集中治療室で高齢者の救急医療に従事。高齢者医療を目の当たりにし、1996年に板橋区役所前診療所を開業し今に至る。

 

入退院を繰り返す高齢者の「再入院防止策」だった在宅医療

-島田先生は約20年前に在宅医療を始められたそうですね。

大学卒業後に、このクリニックのすぐ近くにある東京都老人医療センター(現:健康長寿医療センター)の心臓血管疾患集中治療室に配属になりました。ここでは高齢者の救急医療に携わっていたのですが、退院した患者のほとんどが再来院しないことに気づきました。老夫婦のみで住んでいる家庭がほとんどのため、病院に行きたくても行けないという状況だったのです。当時は医師になってまだ3年程度でしたが、高齢者の方が来たくても病院に来られないなら、我々のような若い医者が病院から各家庭に出向いて診療をすればいいじゃないかと思い、往診中心の診療所を立ち上げることを決意しました。

 

-当時は在宅医療という概念もあまりなかったのでは?

ええ、そのため在籍していた東大医局の教授を説得するのは、かなり大変でした。とはいえ、私も本気で高齢者が安心できる「まちの医療」を作ろうと考えていたので、何度も思いを伝えるうちに教授もとうとう理解してくれて。開業するからには大学は辞めざるを得ないなと思っていたのですが、教授が、「君が開業するにあたって、情熱はあるが(大学を辞めてしまっては)信頼がないだろう」と言って大学に籍を残してくれたことは今でも感謝しています。

 

-先生の信念があったからこそ開業することができたのでしょうね。

当時は介護保険も在宅医療の制度も何もない状態でしたので、とにかくまずは、自分が課題だと感じていた入退院を繰り返す高齢者の「再入院防止」を目的として診療所を開業しました。医局へも勤務を続けていたので朝晩は大学病院で診察を行い、日中は自分の診療所に来て高齢者宅を往診するという生活を数年続けました。

 

とにかく何でもやるスタンスで駆け回った

-開業後の集患はどうされたのでしょうか。

高齢者の再入院防止を目的としたため、開業当初は噂を聞いた東京都老人医療センターの先輩医師からの紹介が多かったです。ただ、現在のように介護保険などの制度もなかったので、診療内容は具体的に決まっておらず、往診先では本当に様々なことをお手伝いしました。

 

-どんな診療を行っていたのでしょうか。

本当に様々ですよ(笑)。独居や老夫婦のみで住んでいる方が多かったので、薬よりも先に、まずは生活環境を整えることが先決でした。往診に行ったがゴミの片づけや部屋の掃除から始まることは日常茶飯事でしたし、慢性的に風邪をこじらせている原因が窓際にあるベッドだと分かれば、患者と一緒にベッドを移動して部屋の模様替えも行いました。真夏の暑い日は、冷風機にいれる氷がないというので患者に代わってコンビニまで急いで氷を買いにも行きました。下痢が多いと言っていた患者は、往診してみると家に冷蔵庫がない上に、3日に一度しか食事が届かないことが原因だと分かったこともあります。医療を提供する前に、まずは我々ができる範囲でとにかく生活を支えようと走り回る毎日でした。

 

-当時は多職種連携のような仕組みも無かったのですね。

当時は介護保険制度制定前ですし、在宅医療のルールも役割も決まっていません。ですので我々医者が、とにかく何でもやらねばいけないという気持ちで各家庭を訪問していました。

▲黎明期より苦楽をともにされてきた島田院長(左)と鈴木副院長(右)。

「時代は変わっても在宅医療は“生活を支える”という点では一貫しています。医療を提供していますが、あくまでもそれは生活の一部にすぎず、生活全体を見渡すことがいつの時代も大切になります。」と鈴木先生。

 

アナログな仕組みも活用して密な情報連携を

-介護保険発足時は、多職種連携に力を入れられたと聞きました。

それも、やらねばならなかったから、というのが正解でしょう(笑)。介護保険の制定によって、今まで区が実施していた介護申請を自分たちで行わねばならなくなったのですが、当時は在宅医療を行っている医師はほとんどいませんので、近隣のヘルパーやケアマネ、看護師などが大勢相談にやってきました。我々も生き残るために、制度に対応した受け皿を作らねばという気持ちで職種連携へ向けた対応を行いました。

 

-「在宅療養支援診療所」という名前も先生がアドバイスしたとか。

当初、厚労省では「在宅医療診療所」という名前が有力だったのですが、実際は在宅医療の現場は医療だけでは成り立たないじゃないですか。医療従事者や家族など、周囲の人の協力や幅広い支援が必要なサービスですので、「医療」ではなく「療養支援」がいいのではないかという話をしました。

ちなみに当時、医師会からの依頼で厚労省の方が在宅医療の現場視察で1日私の往診に同行されたことがありますが、医者の仕事がこんなに大変なのかと本気で驚かれていましたね。

 

-時代とともに保険制度が整い、診療もやりやすくなってきましたか?

保険や各種制度によって目的や役割が明確になりましたが、それでもやはり、必要な場面ではきちんと医師がハブとなり調整を行うべきだと考えています。ケアマネでは難しい医療的観点からの助言は医師が行わねばなりませんし、そしてこれらの情報は家族を含めて関係者全員で共有する必要があります。

当院では関係者間で情報共有するために、患者一人ひとりに在宅医療ノートを用意しています。このノートには、医師や看護師、ヘルパーやケアマネ、さらに家族が自由にその日の食事や会話の様子等を書き込んだり閲覧できたり、情報共有ができるようになっています。最近は、クラウドで管理している現場も増えているようですが、在宅医療って意外にアナログなところもあると思うのですよね。ノートの表紙は、遠くからでも目立つように黄色にしています。そうすると往診した際に、患者も含めて全員が「玄関に掛かってる、黄色いアレ、アレ」のように(笑)、共通認識を持てるんですよ。

▲患者宅に配付し、情報共有ツールとして使用している「地域包括ケアノート」。

 

-関係者全員で情報を共有することが大切なのですね。

情報共有とあわせて気遣いも大切です。当院では患者1人に対して2名の担当医を付けていますが、これは患者や家族との相性もあると考えているからです。医師も一人ひとり症状や治療へ対する得意分野もありますし、機械的に振り分けるのではなく人間性や信頼関係も大事にして担当を決めています。

 

医療者の自己満足になっていないかを自問自答

-在宅医療に長年携わる中で感じる変化はありますか。

独居の方が増えましたね。それに伴ってキーパーソンが見えにくくなってきました。以前は若年介護者が同席することが多かったので、どんな形で在宅医療を提供するか、何かあった際にはどうすべきかといった方針を話し合うことができましたが、今は相談できる家族がいないケースも多々あります。また、ケアマネが家族に代わって病院へ付き添うなど医療従事者の負担も増えていると感じています。

 

-ご家族と話し合えないことによる問題点はどんなところでしょうか。

例えば、自宅で看取ることが本当に患者にとって本望なのかどうかということです。もしかすると元気なうちに特養に行った方が幸せなのかもしれません。自宅を終の棲家にすることを患者が本当に望んでいるのかという点は、在宅医療を提供する側である私たちも常に考えて接しています。

最近の在宅医療では看取りの件数が増えていますが、医療提供者側の自己満足になっていることもあるかもしれません。家族が本当に自宅での看取りを望んでいたのかどうか、また家が借家だったら大家ともきちんと話し合っているのかなど、そういった幅広い視点で考えた上で行うべきだと考えています。

▲「“住み慣れた場所”と一言で言っても、主観と客観では違います。患者さんとご家族の価値観を考えて、自己満足にならないことを心がけています。」と話す島田院長。

 

-最後にこれから在宅医療を始める方に一言を。

在宅医療は、病院で提供する医療とは全く異なるものです。「病院の医者」という気持ちで在宅医療を始めたら、きっと途中であきらめたくなると思いますよ。だって病院だったら、診察が押しても待合室で何人もの患者を待たせている光景が普通ですが、在宅医療では、往診時間に少しでも遅れると医者が患者に怒られますからね(笑)。

病院のような立派な施設で提供する医療ではなく、医者が患者の家にフラリと入って診察するのが在宅医療です。こういう関係性の場合、医療だけではなく人間性や信頼関係がとても大事になるのです。学術的すぎてもダメですし、診療点数ばかり考えていてもダメですし、とにかく、「なんでもやる」という覚悟で始めてみるのがいいでしょうね。

 

取材後記

特に開業当初のお話では、今では考えられないようなドタバタ劇のエピソードが沢山あり、制度のない当時は本当に大変だったのだろうと思いました。ですがそれらの様々な出来事に対して、「医者」である前に「人間」として一人ひとりに真摯に対応されてきたからこそ、患者さん、医療従事者の方々に信頼される在宅診療所へなられたのでしょう。終始笑顔でユーモアも交えて取材に応じてくださったお二人ですが、黎明期から業界をけん引されてこられたからこその言葉の重さ、そして在宅医療にかける情熱や信念をとても強く感じました。

 

◎取材先紹介

板橋区役所前診療所

〒173-0013
東京都板橋区氷川町1-12 コスモ・ディエース3階
TEL:03-5375-9031
http://ita-shinryojo.jp/

              <取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 菅沢健治>

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