看取りとは、患者さんの “残された人生” に向き合うこと -医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長 佐々木淳-

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東京を中心として埼玉、神奈川、千葉に10の拠点をもつ悠翔会では、患者さんの90%以上を半径5km圏内という圧倒的な近距離に収めることで、地域に密着したフットワークの軽い診療体制を実現しています。

全拠点において在宅医療を専門に、徹底した在宅診療の質の向上とサービスレベルの底上げを行うことで、現在は3000人以上の在宅患者を抱える日本最大級のクリニックとなりました。開設者であり理事長の佐々木淳先生は、グループ全体をまとめながらも週5日は8時間フルで診療を行っており、日々の現場で起こっていることをもとに更なる業務改善やサービス向上のための改革を行っていらっしゃるそうです。今回は佐々木先生に、超高齢社会を迎える日本において、患者さんやご家族、そして医療従事者が満足できる「看取り」を実現するための課題や改善策について伺いました。

<プロフィール>

▲佐々木淳(ささき・じゅん)先生  医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長

1998年筑波大学医学専門学群卒業後、三井記念病院内科へ入局。同院消化器内科を経た後、2003年に東京大学医学系研究科博士課程へ入学。在学中に井口病院副院長、金町中央透析センター長を経て、2006年、MRCビルクリニックを開院。2008年にMRCビルクリニックを医療法人社団悠翔会と改名し理事長に就任する。

日本内科学会認定医。日本在宅医学会教育研修委員、全国在宅療養支援診療所連絡会世話人

 

課題1)患者さん本人が「人生の主人公」として生活できているか?

-現在の「看取り」についての課題をどうお考えでしょうか。

そもそも日本の場合、「よい看取り」の定義がまだ固まっていない状態です。

尊厳死や自然死など様々な言葉が言われていますが、日本では自身の死に方をきちんと考えている人も少ないですし、考えていても思った通りに死ねないこともあります。これは、看取りを支えるサポート体制がまだ不足しているからであり、年齢や病状に応じた医療提供や日々の健康管理が十分にできていないことが原因のひとつです。どう死ぬかを考えるよりも、まずは「死ぬまでをどう生きるか」と考えることがより大切だと私は考えます。

 

-看取りの前に、余命の過ごし方が大事だということですね。

人生の主人公」として生活できているかと置き換えることもできます。健康であっても、近隣に身寄りがなく友人もおらず、自宅に毎日こもって一人で過ごしている高齢者もいます。逆に怪我をしていても、車椅子などでその障がいをカバーして思い通りに生活している方もいます。健康面の良し悪しだけではなく、支障なく日常生活を送れているか、また社会に居場所があるのか、という点も、高齢者が元気に最期まで生きるために大切な要素になってきます。

 

-確かに健康面だけのでは測れませんね。

私の知人でアルツハイマーの方がいますが、彼は聞いたことや話したことを忘れやすいからといって、重要な話は電話ではなく、記録に残るメールを使ったり、スマホのカレンダーに必ず予定をメモすることで記憶を補助し、日常になんら支障のない生活を送っています。

ITや精密機器が発達している今は、このようなテクノロジーを活用することで障がいはある程度カバーすることができます。ちなみに私は視力が悪いので、メガネがないと遠くがよく見えません。もし旧石器時代に生まれていたら、遠くを見ることができないので、狩りをするのも身を守るのも、周囲の仲間の助けが必要だったはずです。つまり障がいとは、社会や環境が決めるものであり、その人の個性の一つです。在宅医療は、社会の環境因子として、その人の障がいをサポートすることで、患者さん一人ひとりが残りの人生を満足して送ることができると考えています。

▲「診るのは体の健康だけではありません。生活と社会の面も支えることが大切です。」と広い視野で患者さんの幸せを第一に考えている佐々木先生。

 

課題2)ご家族は「死」を自然なプロセスと理解できているか?

-余生を充実させるために必要なことはありますか。

在宅医療においては、どこまで治療をするかという点もポイントになります。

多くの医師は症状を病名で考えてしまう癖があるのですが、在宅医療の場合、患者さんの多くは高齢者です。加齢とともに具合は悪くなっていきますが、その症状が病気なのか老衰なのかをきちんと判断しないと、歳をとるにつれて、治療がどんどん増えていくことになります。その結果、最終的に生涯で使用した保険料の三分の一を、最後の1年で使ったという例も。

 

例えば糖尿病の治療の目的は、数十年単位で起こる動脈硬化を抑制し、脳梗塞や心筋梗塞などの合併症を予防することです。若い人はきちんと治療しなければならないですが、80歳を過ぎた方に対して、どこまで厳格な糖尿病の治療が必要でしょうか。もちろん時と場合によりますが、ご飯が食べられない摂食障害の方への胃瘻が本当に必要かなども同様です。人生の主人公が自ら舞台から降りようとしているかもしれない中で、我々はいつまで治療を行うのかを常に考えないといけません。

とはいえ、痛みや苦痛を和らげる緩和ケアは必要です。しかしそれ以外の治療が、人生の最後の最後まで必要なのかという点は、在宅医療に携わる医師は考えていかないといけないことだと思います。

 

-治療以外に、余命が少なくなった際に行うことはありますか。

「死」について、ご本人やご家族と経過の見通しを共有していくこと大切です。「少しずつ食べられなくなっていくかもしれません」、「来年の桜を見ることは少し難しいかも知れません」、そういったことを、少しずつ少しずつ伝えることで本人にもご家族にも受け入れられる体制を作ってもらうようにしています。終活ノートを作っている方も時々いますが、やはり、覚悟の時は平常時とは考え方も違いますよね。改めてその時が来た際に、ご家族も含めて話し合ってもらうようにしています。

 

-ご家族も含めて話すことに意義はありますか。

最期をどう過ごすのが一番いいのか、正解は誰にもわかりません。ご本人の意向を最優先することは言うまでもありませんが、一人で決め切れる人という人は多くはありません。

日本では“インフォームドコンセント”という言葉が以前からよく使われますが、これは、医師が患者さんに同意を求める形のものが多く、ご本人やご家族が主体的に方針決定に関わるというものではありません。何が正解なのか、誰にもわからない中で、納得できる療養方針を選択するためには、その結論そのものではなく、その結論に至った文脈こそが重要なのだと思います。本人だけに決めさせるのではなく、医師が決めるのでもなく、ご家族も含めてみんなで話し合い、みんなで考えるというプロセスを共有することが大切だと思います。これは「Shared Decision Making シェアド・ディシジョン・メイキング」と言いますが、今後在宅医療においても重要な考え方になるでしょう。

▲「その人の最期の方針を誰か一人に決めさせず、みんなで納得して決めることが大切です。“あの時みんなでこう決めたよね。”そう思えるのが一番良い結果です。」と佐々木先生。

 

課題3)地域や近所に看取りを経験した家庭はあるか?

-日本で自宅での看取りを普及させるにはどうするべきでしょう。

看取りは、医師が教育するものではありません。死生観は、本来であればご家族や地域といった日常生活の中で引き継がれていくものです。関わった患者さんとご家族については、看取りについて一緒に学んでいくことになりますが、ですので、基本的に私たち医師が「教育」するものではないと思います。ただ、日々の診療を通して看取りの後に残されたご家族のフォローが必要だと感じたため、お看取りを経験したご家族のお宅をその後に訪問したり、地域に密着した「遺族会」を開催し、他のご家族の体験談を聞いたり、ご家族同士で交流したりといったサポートは行なっています。

 

-確かに看取りは教わってできるものではないように感じます。

経験を通じて理解することはできます。ご家族の看取りを経験すると、多くの方は、他のご家族、あるいは自分も自宅でこう見送られたい、と思うようになるものです。これは医療というよりは文化だと思います。日本では看取りは病院という地域から隔絶された場所で行われてきましたが、今後は徐々に地域に返していけたらと思います。そのためには、看取りを経験した人たちが、地域の中で経験を共有していくのがよいと思います。「遺族会」のような企画も、そのような意味で有意義だと感じています。

 

-地域で取り組むべき課題についてどうお感じですか。

例えばオランダでは、高齢者の7割程度が在宅(自宅または高齢者住宅)で看取られています。対して日本で、病院以外で亡くなる方は20%程度です。また、日本には、サービス付き高齢者住宅、有料老人ホーム、特別養護老人ホーム(特養)など様々な高齢者施設がありますが、現状の制度ですともっとも重症度の高い方が入居する特養に在宅医療が入ることができません。嘱託医が週に一度、定期的な健康相談に入る程度です。このような医療提供体制では、看取りまでしっかりサポートすることは正直難しいですが、施設運営者と協力し合い、最期までそこで安心して暮らし続けられる仕組みを作らないといけないと感じています。

 

▲「今はまだ家で看取った経験がある人は少ないです。ご家族を一人家で看取ると、その後もご家族に、地域にその経験がつながっていくはずです。」と話す。

 

課題4)かかりつけ医や家庭医と新たな制度の導入

-かかりつけ医の推進が叫ばれていますが、どうお感じですか?

私は良い流れだと思っています。

日本の医療にはさまざまな「自由」が保障されています。例えば、受診する医療機関を自由に選ぶことができますし、病院もベッド数以外は自由に医療を提供し、医師も好きな診療科目で自由に開業することができます。いいことだと思いますが、患者さんは自分に必要な医療を自分で選択しなければならず、医師とのコミュニケーションに対する満足感も低いと言われています。

対してイギリスなどの場合、全国民がかかりつけ医を持ちます。主治医がその人の人生に伴走し、その時々に必要な健康管理のアドバイスや治療を行います。そして24時間体制でその人をバックアップします。大病院は紹介がなければ受診しにくくなっていますが、患者さんはかかりつけ医と相談しながら納得して最適な医療が受けられるので、医療に対する満足感も高くなっています。

日本の場合、今後、高齢者が増えていく中で、病気ごとにいろんな病院にかかるよりも、かかりつけ医が総合的に対応し、必要に応じて24時間対応できるという体制をつくっていく必要があると思います。

 

-生涯にわたる、かかりつけ医の存在が必要なのですね。

かかりつけ医として長く関わることができれば、その人の病状を熟知して対応できるだけでなく、ちょっとしたしぐさや表情で「ああ、こうしてほしいんだな」と理解することができます。かかりつけ医とそのような信頼関係を築いていくことで、患者さんはよりよい医療を受けることができると思いますし、通院が難しくなっても、地域のかかりつけ医が外来診療の延長として在宅医療に関われることが理想的だと思います。

もちろん、専門的知識を必要とする重度の患者さんのケアや、土日・夜間等といった時間外の緊急対応は我々のような在宅医療を専門とする医師のほうが得意かもしれません。

このように地域のかかりつけ医と在宅専門クリニックがそれぞれ役割分担することが、高齢者が最期まで満足した人生を送るために必要な医療になるのではないでしょうか。

 

-現状の在宅医療の体制に不足感などはありますか?

ますます高齢化社会が進む今、現在、在宅医療を実践しているクリニックだけで対応していくのは正直かなり難しいです。しかし、仮に、外来診療を行っている医師がかかりつけ医として5名の患者さんを在宅医療でそのまま受け持ってくれれば、100クリニックで500人の高齢者の在宅療養を支援することができます。在宅医療専門クリニックで500人診ようとすれば、在宅専門医が別途5名は必要になるでしょう。

患者さんにとって自分らしい人生を最期まで送れるようにするためにも、また、我々医師側が専門性を活かして診療を行うためにも、高齢者医療への、かかりつけ医・家庭医の導入は今後の日本にプラスになるはずです。

 

取材後記

現在も週5日はフルで往診を行っているという佐々木先生は、3000人規模の医療法人の理事長となられても常に最前線の現場目線で動かれております。制度やルールが日々目まぐるしく変化していく在宅医療業界ですが、現場主義でいらっしゃるからこそ臨機応変で時代にあった医療サービスを提供することを可能にされているのだろうと感じました。これからの日本の課題である高齢者医療や地域医療を、在宅医療に限らない広い視野で問題視されており、ますます今後の業界をけん引してご活躍されるのだろうと感じました。

 

◎取材先紹介

医療法人社団 悠翔会

http://yushoukai.jp/
TEL:03-3289-0606

 

<取材・文 ココメディカマガジン編集部 /撮影 菅沢健治>

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