企業人から在宅医療へ。異色の経験を活かし次世代の在宅医療をつくる―医療法人 みどり訪問クリニック 院長 姜 琪鎬―

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名古屋市の南東部に位置する緑区は、その名の通り緑地が多く、市で最も人口の多い区。「みどり訪問クリニック」は緩やかな丘陵地の住宅街にあり、ガラス窓の大きな明るい佇まいです。同クリニックを2012年に開業した姜琪鎬先生は、米国留学でMBAを取得後、一般企業でマネジメントに携わるなど、異色の経歴をお持ちの医師。今回は在宅医療専門クリニック開業に至った経緯や、トヨタ式「カイゼン」から生まれるクリニックの業務効率化、次代を見据え、力を入れる多職種連携への取り組みなどについて、お話を伺いました。

<プロフィール>

琪鎬(かん・きほ)さん

医療法人 みどり訪問クリニック 院長

1990年、名古屋市立大学医学部卒業、泌尿器科学教室に入局し、その後安城更生病院、旭労災病院等で従事し、泌尿器科の専門医資格を取得。1998年、医療と日本を俯瞰したい思いから、米・Emory大学経営学大学院に入学。2000年に卒業し、MBAを取得する。帰国後、医学教育動画を配信・販売する企業「ケアネット」に入社。DVD事業のエグゼクティブ・プロデューサーを務める一方、同社内のマネジメントにも携わる。2002年、取材活動中に訪問診療を体験したことで在宅医療に関心を持つようになり、週末を使って訪問診療を始める。2012年4月、名古屋市緑区に「みどり訪問クリニック」を開業。

 

MBAを取得し一般企業に入った後、在宅医療を志す

―専門医の資格を取ったのに突然米国に留学、MBAを取得されました。どんな思いからだったのでしょうか。

まず、専門医の資格を取って医局が敷いたキャリアパスを上がっていくというスタイルが、私にとってあまり魅力的に感じられなかった、というのがあります。海外のビジネススクールに留学した友人たちから、ディスカッション主体の授業の面白さを聞き、単純に興味を持ちました。一度、外から日本や日本の医療を眺めてみたいという気持ちもありましたし、また、経営学を日本の病院に役立ててみよう、とも思っていたのです。ところが

 

―帰国後、医師に戻らずに一般企業に入社されたのですね。

医師向けの教育動画を配信する「ケアネット」という会社を知り、「IT×医療」というコンセプトに興味を覚えました。2000年前後はまだ医療情報とインターネットを結びつけて、どう活用させるのかが、未開拓の分野でした。ここでは動画コンテンツの企画制作や、コンテンツ事業部の組織マネジメントに携わりました。

 

―その後、どうして訪問診療専門のクリニックを開業されることになったのですか?

ケアネットの仕事で、在宅医療の先駆けである「新宿ヒロクリニック」の英裕雄先生を取材した際に訪問診療に同行し、病院医療とはまるで違うやりがいや面白さを知りました。まさに、玄関開けたら異文化ワールドなんですよ。この興奮が抑えきれず、会社が休みの週末を使って英先生の元で訪問診療を非常勤で担当するようになり、在宅医療の問題点や改善できそうな点などが見えてきて、この分野を極めてみたい、自分で挑戦してみたいと思うようになったのです。ケアネットで手掛けていた事業が一区切りついたのを機に、開業を決意しました。

 

―名古屋で開業されたのはなぜですか?

私の生まれ故郷が名古屋市緑区でして、調べてみたら、この地に在宅の専門クリニックがまだなかった。それなら自分がやろう、と思ったわけです。

 

―開業にあたって、ご苦労も多かったのではないですか?

10年以上名古屋を離れていましたから、ネットワークは皆無に等しい。患者さんもゼロ。ただ、あまのじゃくな性格ですからね、こういう状況でどこまで勝負できるかな、というところでかえってワクワクしていました。とはいえ、東京と名古屋を往復しながら、物件探しから開業の申請、スタッフ採用まで全部ひとりでやるのは、正直なところ、かなり大変でした。

 

―工夫されたところ、こだわられたところはどこでしょう?

開業資金を抑えるという点では、ホームセンターで石膏ボードを買ってきて、倉庫のようなスペースに自分で診察室を造ったりもしました。細かいところでは物品購入の際は、先ずは100円ショップを覗きに行きました。ここで診療に役立つ小物を沢山発掘した憶えがあります。ただ、インテリアは安価な中にもこだわりを持ちました。スタッフの居心地が良くないオフィス環境は絶対ダメだと思い、「イケア・ビジネス」というスモールオフィス向けの相談室でオフィスのインテリアプランを練り上げました。制約があるところで工夫するって楽しいですよ。お金でも時間でも労力でも、使えるリソースに制限があるから人間は頭を使うわけですよね。これはトヨタ生産方式の「カイゼン」に通じるものがあります。つまり、この辺りは、創意工夫が当たり前の土地柄なんです。

 

往診バッグにも「カイゼン」がいろいろ。100円ショップのプラケースなども利用して、これだけのものが取り出しやすくコンパクトに収められている。使ったものが補充された同じ中身のバッグがいくつも用意されており、誰がどれを持って診療に行っても大丈夫。混乱を招く原因を取り除き、業務をスムーズにする工夫だ。

 

率先して、地域の在宅医療の普及・啓発に取り組む

―なるほど、トヨタ自動車のお膝元ですからね。名古屋地区ということでのご苦労もおありでしたか?

当時の名古屋はまだまだ在宅医療が広がっておらず、中心部はともかく、名古屋のベッドタウンにあたる、緑区周辺エリアでは認知すらされていないという印象でした。挨拶に行ったのに在宅医療を知らないというケアマネジャーさんもいましたよ。

 

―その状況はこの5年で大分変りましたか?

変わりましたね。やはり国や自治体も盛り上げてくれてますし、私たちも地道に啓蒙活動をしてきました。実はこのクリニック、研修機関としての役割も持っていまして、ケアマネジャーさんや訪問看護師さんなどを対象に勉強会も頻回にやっているんです。私は名古屋市医師会の在宅医療の普及・啓発を促進する委員を引き受けていて、保健所や区役所と共に行う研修の企画もしています。公的な研修会と、クリニックレベルでの研修会と、両方取り組んでいるということです。

 

―クリニックという場所が多職種連携を引っ張っているんですね。

開業後1年で、広さを求めてこちらに移ってきた理由のひとつには、有志が集まる場づくりが重要だと考えたというのがあります。患者さんを支える多職種の仲間が集まり、まず顔の見える連携を作る。誰かがやってくれるのを待っていてもしょうがないから、自分たちで動いてやっていこうと。地域包括ケアシステムを国は推進していますが、進む地域、進まない地域と、バラツキがあります。その違いは、コアになるクリニックが引っ張っていく地域、もしくはそういうやる気のあるクリニックが集まって牽引していく地域が進むということでしょう。そうでないところは、いくら国や自治体が旗を振っても変わらないんじゃないかと思っています。

 

―自ら引っ張っていくくらいの気概のあるクリニックが地域には必要だと。

そうです。そのために私たちは研修会などの活動をしています。また、今後は介護・看護側から教えてもらえる場も持ちたいですね。

 

―医療側が介護・看護側から教えてもらうこととは?

ケアマネジャーさんなら誰でも知ってるICF(国際生活機能分類)という概念があるのですが、在宅医療でも大変使いやすいフレームワークなんです。医療と介護は共通言語が乏しいことでギャップがありますが、このギャップを埋めるツールとして適しているのがICFだとわかってきました。ところが当院の医師にICFを知っているかと聞いたら、誰も知らない。ケアマネジャーさんはケアプランを立てるときもICFのフレームワークを活用する方がいますから、これからは医療側も勉強して、在宅療養ならではの「生活」に対するアプローチを患者さんにしていくべきだと思います。そのための研修会を開き、私たちがケアマネジャーさんに教えてもらおうと考えているところです。

広々としたオフィスにはスタッフの居心地を良くしたいという姜先生の様々なこだわりが。ぬいぐるみやレゴが飾られ明るく楽しい雰囲気でありながら、作業効率を突き詰め極限まで作業のストレスがない環境づくりを徹底しておられます。

 

スタッフ全員で「カイゼン」

―クリニックの現在のスタッフ構成を教えてください。

常勤のドクター4名、非常勤ドクター3名、看護師を含むアシスタント5名、事務4名、総務3名、ドライバー4名の、計23名です(2017年3月現在)。訪問診療に行くときはドクターとアシスタントとドライバーの3人でチームを組みます。

 

―クリニックではスタッフさんにも研修をされているのですよね。

開業当初は、私がある意味独裁者的に引っ張っていましたが、人がだんだん集まってきて機能分化が明らかになったところで、組織作りに本腰を入れました。チーム力を上げるための研修を行い、スタッフには「まず自分で考える」ということを身に付けてもらうようにしています。ここ1年くらいで皆、すごく成長して、創意工夫してくれるようになってきたんです。

 

―「カイゼン」の文化を院内に根付かせるために、何からスタートされましたか。

組織で働く「心構え」から始めました。当院の最もベーシックな研修ですが、今も年に数回、繰り返してやっています。教材には「7つの習慣」を使っていますよ。書籍、漫画、ボードゲームまで、いろいろ揃ってます。

 

―本当にたくさん揃っていますね!

最初は、「7つの習慣」の中でも、なるべく薄い、ハードルの低そうな教材を選んで、毎朝1チャプターずつ読んでいました。1チャプターの朗読にかかる時間はたったの2分ですが、1、2ヶ月続けると、皆が変わってきたのがわかりますよ。「Win-Winの関係」「インサイド・アウト」など、「7つの習慣」独特の用語が院内の会話で飛び交うようになって驚いた憶えがあります。

 

―クリニックではクラウドサービスなども積極的に活用されてるようですね。

IT環境のインフラは、10年前だったら考えられないような安価な投資で整うようになりました。まさに在宅にとっての追い風、いろいろ工夫して無駄を取り払い「カイゼン」ができるんです。

まずはクラウド型の電子カルテ。オフィスに戻らずとも情報の同期ができ、他職種との情報共有が訪問と同時に出来ますので、迅速なケアを提供できます。つまり、直列の業務が並列になるわけです。また、オフィスに残っているスタッフが訪問チームに対してタイムリーな支援をすることにより、時間が短縮できるだけでなく、訪問チームは診療に集中でき、結果的に診療の質も上がります。Googleカレンダーなども活用して、非効率なホワイトボードの往診予定表を廃止することができました。

スタッフ研修用に購入した『7つの習慣』。スティーブン・R・コヴィーが書いた世界的大ベストセラーであるが、その関連本がズラリ。漫画やボードゲームまで揃っている。「飽きずに7つの習慣を学べるものを、と探し続けてたらこんなに増えたんです。」と、全て見せてくださった。

 

医療だけでなく生活まで含めて患者さんを支える

―開業5年でクリニックも大きくなりました。先生の今後のビジョンなどをお聞かせいただけますか?

まず、グループ診療の確立です。今、在宅医療での問題のひとつが、ドクターやナースのバーンアウト(燃え尽き症候群)です。24時間365日の対応ですから、一人で続けるには限界がある。これでは安定した在宅医療にならないのです。

 

―そこでグループ診療、なのですね。

はい。在宅医同士で緊急対応のローテーションを組むわけです。当クリニックの現在の常勤医は4名。実は4というのはマジックナンバーで、ローテーションが組みやすい大変理想的な数字です。

 

―今が理想的な状態で、先生としてはあまり大きく広げたくないと。

そうですね。大きな組織になればマネジメントの方法も変える必要がありますし。今のところはこの「4人で1ユニット」のマネジメントのノウハウを蓄積していきたいと考えています。その上で、地域にニーズがあれば新しいユニットを作っていくことを考えなくては、とも思っています。

 

―今の課題は?

在宅医療の、可視化可能な成果を出したいと考えています。現状では、看取り実績くらいしか数値として見えてこない。でも在宅ってそれだけではなくて、もっと踏み込んだ形でその患者さんの生活レベルを上げたり維持したりすること、生活者としての参加の成果が、今後重要になってくると思うのです。皆さんが苦労されている認知症の問題とか、食の問題とか。そういったことに特化した支援チームを作るというのもやっていかなくては、と思っています。

 

―Home Healthcare 3.0と、クリニックの看板に大きく書かれていますね。これは?

1.0は、いわゆる昔の往診。2.0ITを少し導入した訪問診療スタイルで、訪問診療という概念を国が定めた以降のこと。3.0は、ここにICTを大きく活用して多職種連携を組み合わせていく在宅医療です。これからの在宅は連携力が要。医者だけでは無力なんですよ。生活も含めて患者さんを診ていく、支えていく。そのために多職種が強い連携をとることが重要です。

 

―大変な思いをされたり、課題に挑戦したりしながらも、先生は楽しそうに見えます。

なんでも楽しんでやってやれ!という性分ではありますね。名古屋で生まれ育ったということもあり、「カイゼン」が好きですし。スタッフにもミニ実験、プチ失敗を奨励しているんですよ。結構冷静なジャッジはしますけどね(笑)。漫然と何も考えずにやるのは、本人にとっても、組織にとっても一番残念なことなんです。

 

連絡でチャットを使うのは、ストレスになりがちな電話というノイズを極力避けて診療に集中してもらうためだと話す姜先生。チャットも「スタッフ間でいちいち『お疲れ様です』から打ち始めるなんて無駄だからしませんし、2文字くらいの略語を使います。例えば『処方箋をFAXしてください』なら『S(しょほうせん)F(ファックス)』でオッケー」と、ニッコリ。

 

取材後記

冗談を交え、楽しくお話をしてくださった姜先生ですが、自らの課題やこれからの在宅の姿については、真剣な表情で熱く語られ、間違いなく次代の在宅医療を引っ張っていかれる方だという印象を受けました。

経験に基づくクリニック開業のノウハウなどを、Webサイト上で惜しげもなく公開している姜先生。在宅医療は成長余地のある未成熟な分野であり、ITを活用しやすいという点でもベンチャー的で、若いドクターに向いていると思われているそう。「先端医療に目が行く人が多いけれど、自分はちょっと違うな、とか、もうちょっと患者さんをじっくり診てあげたいな、と思う先生もきっといるはず。そういう方たちは是非、在宅に挑戦してほしいですね。面白いですよ!」とおっしゃいました。

 

◎取材先紹介

医療法人みどり訪問クリニック

4580007
愛知県名古屋市緑区篭山1-109-1 シティコーポ小坂南102
TEL0526807030 FAX05037370026
http://midori-hcl.net/

 

(取材・文/磯貝ありさ、撮影/日置成剛)

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