難病を抱えるある夫婦の絆に出会い、私は在宅医になった ―医療法人つじ・クリニック 理事長 辻 宏明―

無料メルマガ登録

京都と大阪の中間地点、駅前の再開発もすすみ、利便性のよさからベッドタウンとして住民が増え続けている高槻市。総合病院なども多く、医療体制が充実していることでも知られるエリアです。

1990年より10年以上、市内の大型急性期病院で外科医として腕を振るっていた辻先生が、在宅医療に関わるようになったきっかけ、そして独立開院した今、病院や訪問看護師との連携について熱く語っていただきました。

<プロフィール>

▲辻 宏明(つじ・ひろあき)さん

医療法人つじ・クリニック理事長

昭和55年大阪医科大学卒業。同年、大阪医科大学附属病院胸部外科に入局。その後 星ヶ丘厚生年金病院、北野病院、三島救命救急センター、大学病院勤務を経て、1990年より高槻市の東和会病院に勤務。病院勤務医としての外来診察や手術の執刀などと並行し、同院内に在宅支援部を設立して在宅医をサポートする活動をスタート。2007年2月に同市内で「つじ・クリニック」を開業。2013年には「つじ訪問看護ステーション」も開設。

 

勤務病院に在宅支援部を立ち上げ、在宅医療への想いがますます高まる

―在宅医療に携わられるようになったきっかけを教えてください。

私は、大阪医大胸部外科を経て、当時、一般急性期病院だった第二東和会病院で外科医として勤務していました。その頃は外科医として手術を中心にしていたもので、在宅医療については何も知りませんでした。

そんな時、高槻市内で開業していた先輩から「在宅で人工呼吸器をつけている患者さんを一度診に行ってくれないか?」と言われたんです。胸部外科が私の専門だったこともあって、気軽に引き受けました。ところが伺ってみて、愕然。人工呼吸器や胃ろう、点滴…いろんなものが身体に入っている、今までの私のイメージではICUで管理しないといけないような患者さんなんですよ。なのに、家のひと間に、奥さんの介護だけで過ごしていることに、最初はただただびっくりしたんです。

その後も足を運んでいたんですが、ある時に奥さんが「お父さんは私がいてへんかったらあかんねん」「だから入院なんかさせられへん」「自分がずっと傍にいてなあかん」ておっしゃるんですね。ご主人はALSで完全に寝たきりだし、まったく意思表示もできない状態。

だから奥さんが「そうやな?お父さん」って話しかけても、もちろん反応は無いんですけど、奥さんは「ほら。お父さんもこう言うてますやんか」って。その時に、このお父さんとお母さんは一緒に居ることが絶対に必要なんだという、ひとつの夫婦の絆を見て「ああ、こんな世界もあるんだ」と思ったんですよ。

だけど、この人たちの想いを叶えるためには医療者のサポートが絶対に必要で、残念ながら家族だけではやっぱり無理。そこで初めて、医療者には病院での手術や救急患者を診る仕事だけじゃなく、こういった居宅患者さんに必要不可欠な医療を提供する仕事もあるんだと、気付かされたわけです。

 

―在宅医療の必要性を初めて感じられたわけですね。

はい。当時、高槻は急性期病院の多さに比例して退院患者さんも多いのに、在宅専門のクリニックっていうものもなかったし、在宅医療を担う医者自体が少なくて、それを十分に請け負えなかったんです。だから午前診・夜診の間に在宅医療をしている先生が、たくさんの患者さんを抱えている状況だったんですね。

だから、私もあちこちに足を運んだんですが、そこで感じたのは、患者さんと一緒に家で過ごす、ということへのご家族の想いの強さ。そのみなさんの想いに触れていくうちに「私もこういう医療をやってみたい」「もっと深く関わってみたい」と思うようになったんです。

ただ、勤務していた病院の理事長にはとてもお世話になっていて、当時、辞めるということは全然考えていなかったんです。その一方で、在宅医療の魅力ややりがいも感じていた。そこで在宅医療をしている開業医の先生たちを、せめて病院として何かサポートできないか?と、院内に在宅療養支援部というのを立ち上げたんです。

たとえば、家でレントゲンやエコー、心電図をとるために、病院にある持ち運び可能なポータブルレントゲンなんかを使えるようにしたり、病院での検査を兼ねてレスパイト入院を送迎付きで受け入れたり。院内の看護師やレントゲン技師にも協力してもらって活動しました。ただ、1年2年…と続けるうちに「やっぱりサポートじゃなくて、自分でやりたい!」と思ってしまって(笑)。在宅医として関わっていきたいという気持ちが止まらなくなって、当院の開業に至りました。

▲病院勤務医時代に訪問した在宅患者さん夫婦の姿を見て、初めて在宅医療の本質に触れたという辻先生。「あの出会いがなければ、私はきっと定年まであのまま勤務医を続けていたと思う」。

 

在宅医療に欠かせない病院とのシームレスな連携への課題

―病院との連携についての現状を教えてください。

このあたりは急性期の病院も多いので、基本は退院される患者さんの紹介を受けたり、在宅療養中に入院が必要になった時にお願いをしたりしています。市内の病院が3/4を占めますが、市外の病院から退院患者さんの紹介を受けることもあります。

ただ、やはり病院によってかなり温度差があるという印象でしょうか。たとえば、医師や看護師、ケアマネージャーなど数名で行う退院時カンファレンスひとつとってもそう。カンファレンスは患者さんの在宅ケアを円滑に行うために大切なものですが、みんな忙しい合間を縫って開かれるので、この場で本当に話し合わなければならないポイントをお互い事前に煮詰めておかないといけない、とは常に思ってるんです。

今までで、いちばんショックだったのは、遠方の病院でのカンファレンスへ出向いた時。ご家族にご挨拶をしたら「え?往診なんかいりませんよ?」「そんなこと聞いてませんけど」って。ご説明しても「いやいや、知らない。通院しますから」と。ご家族や患者さんに在宅医療や往診についてきちんと詳しい説明をしてなかったんでしょうね。さすがに、こういうことは稀なんですが、明らかに病院の調整不足で、まだまだ病院の在宅医療に対する意識が低いと感じました。

他にも、入院中に「こういう時は、家ならどうしたらいいだろう?」ということを、病棟スタッフが患者さんと話しながら思い描いて、関わることも必要かと思います。カンファレンスで「お家で過ごされるにあたって、何か心配なことがありますか?」と尋ねても、患者さんもご家族も「帰ってみないと分かりません」なんです。トイレや食事、入浴…病院でしていることを家でするにはどうすればいいか、病棟スタッフもイメージを膨らませながら、興味を持って患者さんと関わっていただくと、そのカンファレンスがもっと充実したものになると思います。

 

―カンファレンスを効率よく進行、かつ充実したものにするための努力が、常日頃から全員に必要だということですね。

もちろん私も勤務医の時は、今、困っている病気や怪我を治したり、手術のことだけ考えている、いわゆる病院医療だった。ただ、在宅医療はそんな病院医療が終わった時からスタートするわけで、その引継ぎをシームレスに移行できれば、連携もグンと良くなると思います。もちろん私たちにも努力がいるし、病院側にも努力がいる。病院と自宅で環境が違うのは仕方のないことだけど、うまく移行できるように、今後はどちらからも取り組みが必要だなと思っていますね。

 

▲「昔は病院側とクリニック側の医者同士が直にやりとりしていた。お互いに人物像や性格がわかっていれば、いろいろ聞きやすいし頼みやすい。ある程度の意思疎通が達成されることもあるんです。堅苦しい文書だけのやりとりじゃなく、実際に会って話をする…そういう親密な連携が、結果、患者さんに良いこともあるのじゃないかな」

 

医療と介護の両面からサポートする訪問看護師の重要性

―在宅医療では、訪問看護ステーションとの連携もカギになるかと思いますが。

私は、在宅医療を支える要は医師ではなく、訪問看護師じゃないかと思っているんです。

薬の処方などは医者しかできないですけれども、そういった薬や点滴などとは違うケアというのも絶対あるはずで。訪問看護師は処方権はありませんが、患者さんをどうやってケアするかという術をいちばん知っているし、持っていると思うんですよね。特に私が多く担当している癌や神経難病といった重症患者さんのケアは、医療も介護も多職種との連携・調整も、オールマイティにできる訪問看護師が中心になるべきだと思っています。

ただ疾患によって、保険の適用が変わるので、医療保険対象でない疾患の場合は、ケアマネージャーさんが作成するケアプランにのっとって進める介護保険の適用になりますよね。2000年にできた現在の介護保険制度は、それまでには無かったメリットも多いんですが、一方で医療と介護がうまく噛み合いながら、真ん中にいるひとりの患者さんを支えていく方法を、もっと考えていく必要があると思います。

 

―訪問看護師の重要性に気づかれてステーションを開かれたわけですね。

平成25年7月に「つじ訪問看護ステーション」を立ち上げました。今まで訪問看護師とはファックスや電話で話すしかなかったですが、今はお隣同士ですから容易に行き来ができるし、やはり直に顔をあわせて相談したり話せるのはいいですね。文句も言い合えるし(笑)。患者さんに接するのは訪問看護師が回数も多いし時間も長い。私にとっては、いろいろな話を聞けるのがいちばんですね。

実は、管理者の井上さんは、私が勤務医時代に少し在宅を診ていた時、お世話になった人で、訪問看護師歴19年のベテランなんですよ。当時は夜中にも一緒に看取りをしたりしていて、患者さんやご家族との接し方を、お互いに見たり聞いたりしながら、「ああ、同じ方向を向いているな」と感じていたんです。

具体的な言葉にするのは難しいんですが、ひと言で言えば、パートナーでもある訪問看護師は私と同じ方向を向いてくれているのがベストなんです。患者さんに対する想い、家族に対する想いが、お互いに同じだというのを感じられるのが一番ですね。

 

―辻先生が絶大な信頼を寄せられている井上さんにもお話しをお伺いしたいのですが。訪問看護ステーションがクリニックに併設されているメリットは感じられますか?

井上看護師:そうですね。先生もおっしゃっていたように、物理的にクリニックと距離が近いので、何かあった時にいつでも直接顔を合わせて相談ができる環境が整っているのは連携体制としては非常にいいと思います。8名いるスタッフみんなが、些細なことでも先生に直接相談できたりしていますね。

たとえば看護師が訪問した時に、いつもと少し違う、気になる体調の変化があったとします。先生の訪問予定がすぐにあってもなくても、その都度、こと細かにそれを報告できるんですね。それが大きな変化を事前に防ぐことに繋がることもありますし、最大のメリットだと思います。

 

―顔を合わせてコミュニケーションをとることがスムーズな連携につながっているわけですね。他にもスムーズな連携のために心がけてらっしゃることはありますか?

井上看護師:先生がとてもお忙しいことは患者さんも感じておられるので、私たちが前もって「往診時間の中で、これと、これは先生に相談しようね」「これだけは次に先生と相談しようね」ということをご家族と話しておいたりはしていますね。そういったことを一緒になって整理しておくことで問題点が見つかることもあるし、次回往診の時間を有意義なものにするために積極的に心がけています。

▲クリニック併設、「つじ訪問看護ステーション」の管理者でもある訪問看護師・井上さんは、「同じ方向を向いて在宅医療に携われていると実感できる」という良きパートナー。

 

求められる医療、そこに大きなやりがいを見い出せるのが在宅医療

―では最後に、在宅医療を目指す方へメッセージを。

辻先生:きっかけは違えど、病気で困っている人たちや、ケガをして苦しんでいる人たちの力になりたいという想いを持っている医療者は多いと思います。そのために勉強して研修をして…若い頃に経験することは、ほとんどが治すための医療なんですよね。もちろんそれが医療の基本で、そのためにみんな頑張っています。

だけど、私たちが毎日目の前にしている患者さんたちは、癌の終末期で残された時間が短い、克服できない障害がある、或いは神経難病が進行して日に日に弱っていく。『もう絶対治らないんだろうか』『家族と別れなければならないのがつらい』『何で自分だけが?何も悪いことはしていないのに』そんな苦しみを抱えながらも、生きていかなきゃならない、家で生活していく、そういう方たちなんです。そこに、寄り添って、話を聞いて、その人たちに「自分のことを、わかってもらえているんだ。自分の苦しみを理解してもらえているんだ」と感じてもらうのが在宅医療だと思うんです。

病気やケガを治すための医療をやっていた人たちには「なぜ、そんなことが面白いのか?」と思われるかもしれないです。治せないわけですから、そんなところに何の喜びや、やりがいがあるのか?と。けれども、現に私たちの前にはこの医療を求めている人たちがたくさんいるんです。自分たちが足を運ぶことで、喜んでもらえることがあるかもしれないし、穏やかな気持ちで家庭生活を過ごしてもらえるかもしれない。そこにこそ、この仕事の大きなやりがいがありますよ、とお伝えしたいです。

 

取材後記

患者さんやご家族からの信頼も厚く、「かわいい」とモテモテの辻先生は、本当に優しい笑顔が印象的。お話しているだけで癒されるようなやわらかい空気をお持ちです。その一方で、在宅医療の未来を見据えて、訪問看護師や病院との連携への課題にも真剣に取り組もうとしておられました。その前向きで真摯な姿からも『名医が選んだ、看取られたい在宅医150人』に選ばれたというのは納得です。

 

◎取材先紹介

〒569-0036大阪府高槻市辻子2丁目23-1

つじ・クリニック

TEL072‐675‐3237 FAX072‐675‐3236

https://tujitravel.jimdo.com

              <取材・文 梶 里佳子/撮影 大河正典

無料メルマガ登録

【無料公開中】人気記事を資料にまとめました!

資料ダウンロード「感染予防」