在宅医療の技術継承と医師の働き方改革に挑む — 医療法人 吉田クリニック 理事長/院長 吉田 淳 —

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高齢者医療と向き合い34年、本格的に在宅医療に取り組み17年。長く培ってきた自らの経験と技術を広く世の中に役立てたいと、積極的に後進育成や診診連携の取り組みをしている医師がいると聞き、名古屋市千種区の吉田クリニックを訪ねました。

吉田淳先生、65歳。ベテラン医師が考える在宅医のあるべき姿勢、また、注目が集まる“医師の働き方改革”などについて、お話を伺いました。


<プロフィール>

▲吉田 淳(よしだ・じゅん)さん
医療法人 吉田クリニック 理事長・院長
医療法人社団 泰平会 城西神経内科クリニック 理事長
1977年、三重大学医学部卒業、同大学第一外科入局。
1983年、医療法人 吉田病院理事長就任。
2001年、在宅診療を中心とした吉田クリニックを開設。
“自宅で入院生活を”を実現すべく、がん・難病患者のホスピスケアを提供するナーシングホーム事業等を立ち上げ、現在に至る。

 

在宅で入院同様のレベルの高い医療を提供

—吉田先生が在宅医療を志した経緯をお聞かせください。

大学卒業後、6年間は大学病院及び地域病院で消化器外科の医師をしていたのですが、父が急逝し、跡を継ぐため吉田病院に入りました。

この病院は、救急医療と高齢者医療を2本柱としていて、私はここで初めて自宅での看取りを経験しました。

 

病院で闘病するほかに、自宅で療養するという選択肢もあるのは、患者さんやご家族にとって当然のこと、と強く感じました。

数多くの死を目の当たりにすることで、私は在宅医療というものを理解し、その重要性を確信するようになりました。

 

—1983年のことですね。当時の在宅医療はどのような状況でしたか。

非常に大変でした。そもそも在宅医療というものが全く認知されていない時代。

往診するにも、いかにして敷居を跨がせてもらうか、というところから悩むわけです。

白衣で家に入るのも嫌がられたので、私はすぐに脱ぎ捨てましたね。

家の近くに車を停めるのも拒まれることがありました。

おかげで、在宅医療は患者さんを診ること以前に、家族の方とのコミュニケーションで成り立つものだと学びました。

 

—ご苦労も多かったのですね。吉田病院で経験を積まれた後、在宅医療を中心とする吉田クリニックを開設されたのですね。

平成9(1997)年に制定された介護保険法が、平成12(2000)年に施行されます。

施行前の平成10年から、私はそのための準備として、訪問看護、訪問介護、配食サービス、介護支援事業所、デイサービス、住宅型有料老人ホームなどを立ち上げました。

遡って平成2年には老人保健施設も開設しています。

介護保険法開始に備え、病院を補助するための環境を整えていったわけです。

 

ところが、患者さんに家に帰ってもらっても、診てくれる往診医がいないという現実に直面し、それならばと、私が病院を出てその役を担うことにしました。

こうして吉田クリニックを開業したのは、介護保険のスタートと同じ、平成12年4月1日なんです。

 

当時、作成した名刺の裏には私の信念である「自宅で入院生活を」という言葉を入れました。

 

—自宅で入院生活を、とは。

「在宅であっても、入院同様の高レベルの医療を提供します。往診、訪問看護、訪問介護、配食サービス等によって、入院生活に近い生活環境を整えます」という意志の表れです。

そうすれば、患者さんは安心して住み慣れた自宅で最期まで自分らしく過ごせますから。

 

▲病院で行う医療のほとんどを在宅でも行ってしまうと評判の吉田クリニック。がん患者さんが約6割を占める。同クリニックの年間看取り症例数は年々増え続け、2016年には142人となっている。

 

「死」を前にして初めて「生きる」意味を知る

—平成20年にはサービス付き高齢者住宅を開設された。

終末期の患者さんを自宅で支えることができない、というケースも実際は多く、そういった患者さんたちを受け入れられる施設を造らなくてはいけない、との思いから、がん患者・難病患者に特化したサービス付き高齢者住宅、ナーシングホームJAPANを開設しました。

 

—こちらがその施設のパンフレットですね。タイトルは「生きる」。終末期で「死」を意識する場所で、あえて生きることをタイトルに選んだのは何故ですか?

黒澤明監督の映画「生きる」からとりました。

 

毎日目的もなく暮らしていた地方の市民課の課長が、胃がんで余命宣告されます。

それで初めて自分が本当の意味で生きていなかったと思い知り、残された時間でどう生きることができるか考えます。

死を前にして、初めて”生きる”わけです。

そして以前はたらい回しにしていた住民の陳情に応え、最後の仕事として公園を造るというストーリーです。

 

—数多くの死を間近でみてこられた先生だからこそ、患者さんに寄り添うお気持ちで、この映画のタイトルを選ばれたのですね。

終末期の患者さんでも、いろいろな方がおられます。

患者さんから「私はあとどれだけ生きられますか?」という質問をされることがありますが、私は「わかりません」と答えるようにしています。

なぜなら、在宅医療の世界では、医師も驚くような回復を見せる方もおられるから。

まさに「生きる」力を感じることがしばしばあるのです。

 

例えば、前立腺がんから全身の骨に転移し、寝たきりになっていた終末期の男性が、ここ(ナーシングホームJAPAN)に入所されてから、ぐんぐん元気になったケースもありました。

医師が余命どれだけと伝えるのがいかに難しいかを思い知らされます。

 

—すごいですね。おいくつぐらいの方ですか?

76歳でしたね。こちらのホームに2年ほど住まれてから、退所されました。

なんと、歩いてご自宅まで帰られたんですよ。

しかも「俺はこれから自由にやるんだ!」と高級車を購入し、東京まで運転していたそうです。

その後2年くらいは症状もなくて。その後亡くなられましたが、死を前にしてまさに「生きた!」という実例ですね。

 

▲「最善の死を迎えるためには、今を一生懸命、生きること」という言葉を大切にしていらっしゃるそう。たくさんの命を預かり、その死生観に触れてきた吉田先生の口から発せられる言葉には確かな重みがあります。

 

医師のハードワークを防ぐ仕掛けづくり

—現在、クリニックには何名の医師がおられますか?

最近までは私1人でしたが、現在は常勤が私1人、非常勤3人の体制です。

加えて、夜間や土日の待機番体制を多くの医師で構築しております。

11月から常勤が増えますし、今後も入職者が増える予定です。

 

—現在の患者数と、1日何名くらいを診られるか教えてください。

患者数は、約500名です。1日に最大で回って、居宅で20軒、施設の場合で50〜60名、というところですね。

 

—それはかなりハードなのでは?

普段、朝10時に出発して昼に一度戻り、午後にまた出て、予定外のことがなければ5時半には戻ってきてこれますよ。

夜間の看取りについても、間もなく亡くなるだろうと予測できることが多いため、その場合はあらかじめ夜間待機当番の医師に待機してもらいます。

夜間対応が在宅医にとっての負担と思われがちですが、先手を打っておけば大きな負担にならずに済むことがほとんどなんですよ。

 

そして、ITも大いに活用しています。

夜間や休日の待機当番、サポートスタッフなど多くの人を上手くマネジメントするためには情報管理が必須ですから。これからの在宅医療はITを中心とした仕組みで、医師が疲弊せず働きやすい環境になっていくと思います。

 

▲「私たち外科医は反射神経で動く生き物みたいで、頭で考えなくても手が正確に動くんですね。よく『首から上はいらない』なんて言われたものですよ」と笑う吉田先生。クリニックの訪問エリアは千種区、東区、昭和区、名東区(一部)、瑞穂区(一部)で、常勤1人と非常勤3人の医師で500人の患者さんを診る。

 

在宅医療は「質」が厳しく問われる時代に

 —吉田先生は今の在宅医療の課題は何だと思われますか?

最近は若いドクターが参入してくれることも増えて大変嬉しいのですが、心配もあります。

今後の患者さんは“団塊の世代”の方々が増えていきますが、彼らの世代の特徴として、サービス品質に対して大変厳しいことが挙げられます。様々なものを見ている世代ですからね。

だから、他のサービスと比べるような視点で在宅医療を評価する時代が遠からず訪れると思います。

それ以前の世代の方たちは「お医者さんが家に来てくれた」と、それだけで、ありがたいと喜んでくれましたが、そうはいかない。

これからは、在宅医療の「質」が問われる時代です。

 

—若い医師が増えるのは嬉しいけれど、団塊世代のシビアな評価や高い要望に応えられるか、ということですね。

 しかし、若さというのは素晴らしいものなので、元気に乗り越えられると期待しています。

覚悟をして自分を磨いてほしいと思います。

 

在宅医に大切なのは何より“コミュニケーション力”

相手を思いやる心、きちんと話を聞ける姿勢、家族の気持ちを推し量る技量。これが、在宅医に必要な資質です。

 

—今後、吉田クリニックでは採用に力を入れるとのことでしたが、やはり後進を育てたいというお気持ちがあるのでしょうか。 

はい。“次世代の育成”、“技術の継承”が一番の目的です。

私に付いて同行してくれれば、私が持っているものは全部、お教えします。

在宅にマニュアルはありませんから、技術にしろ、スタンスにしろ、一緒に訪問する中でしっかり学び取ってもらいたいと思っています。

 

—他にも採用を通じて実現したい目標はありますか?

 医師のQOL(quality of life)の確保ですね。

「医者に労働基準法はないぞ」と言われた私の若い頃とは違って(笑)、医師も労働者であるとしっかり認識し、働き方も変えていかなくてはならない時代です。

在宅医療でも医師がローテーションを組んで、ライフワークバランスがとれる体制を作り始めています。

 

それにもう一つ。今後は女性の医師にも活躍していただきたいと考えています。

「自宅に来てもらうなら、気遣いや柔らかい物腰が感じられる女医さんの方が安心できる」、と思う患者さんやご家族もいらっしゃいますからね。

在宅医療であれば、育児や介護などで時短を希望される場合でもシフトなどを柔軟に調整できるので働きやすい環境を用意することができます。

実際に当院では勤務日数や勤務時間の調整を図りますし、シフトの要望にも極力応えようと努力しております。

まだまだ女性の在宅医は少ないので、新しい活躍の場として在宅医療を選択肢に入れられるような環境を整えていきたいですね。

 

▲在宅医という仕事の魅力について「人間力が試されるところでしょうか」と吉田先生。「じっくりとお話を聞くことで喜んでいただけることも多い仕事です。いろいろなお宅に上がり、人間像や家族像を見て、さまざまな経験をすることは、人生を豊かにしてくれると思います」。

 

医師の「働き方改革」を実現するために

—今後は他の在宅診療所とも連携をされていくとお聞きしました。

はい。長年の経験で培ってきた私の在宅医療の知識や技術を、せっかくなので広く活かしていけたらと思っています。

そのために名古屋市内に連携するクリニックを増やす計画をしています。

 

—どんな診療所と連携したいですか?

やはり、在宅医療に熱心に取り組んでいて、この分野で成し遂げたいことがある、という同じ“志”を持った医師がいいですね。

でも、例えば1人でやっているから夜が辛かったり、休みが取れなくて困っていたりするかもしれない。

そんな場合は、当院の当直待機の制度を使っていただけるようにしたい。

学会などで遠方から帰るに帰れないときに患者さんが急変されたとか、そういう場合にも助け合えたらいいですね。

 

—医師のQOL向上にもつながりますね!

そうなんです。医師の働き方改革を促すことになれば、きっと在宅医を目指す人も増えるでしょう。

在宅医療がきちんとした分野なのだと、広く認知されることにもつながると期待しています。

 

—連携のためには定期的に合同カンファレンスを行うなども?

将来的にはそのようにするでしょう。テレビ会議なども活用できますし。

今はICT活用でいろいろなことが可能ですからね。

 

—ICTで言えば、直近では遠隔診療なども話題になっていますが、先生はどう捉えていますか?

遠隔診療、それを含めたICT技術の活用が、今後の医療には一番重要だと思います。

例えばウェアラブル端末を患者さんに装着し、心電図、モニター、血圧、脈拍、酸素濃度、呼吸状態といったものを遠隔に飛ばし、異常があればアラームが知らせてくれる。

そんな少し前なら夢のようだったことも今の技術なら近い未来に必ず実現できると思うんです。

 

なんでもシステム化が良いとは言いませんが、現在の医療資源や国の財政などを見れば、必要になることは確実です。

大きな流れになるよう、現場と関連各所の双方が頑張っていきたいですね。

 


取材後記

クリニックに戻られたばかりのところを取材に応じてくださった吉田先生。

お仕事直後でお疲れなのに、にこにこと、目を見て丁寧にお話をしてくださり、誠実で優しいお人柄を感じました。

 

吉田先生は、超高齢社会の訪れを前に「”公”だけに頼るのは難しい」と、民間として早くから率先して高齢者医療、在宅医療に取り組んでこられました。

使命感を持ちながら、法的規制の変化や時代の流れにも柔軟に対応し、取り組み方をアップデートし続けておられます。

今後は病診連携、多職種連携に加え、在宅クリニック同士の診診連携や後進の育成にも取り組んでいくとのこと。

これからのご活躍に期待が高まります。

 

◎取材先紹介

医療法人 吉田クリニック

〒464-0082 愛知県名古屋市千種区上野1-2-7

TEL:052-723-0018 FAX:052-723-0019

http://ycl.or.jp/

 

(取材・文/磯貝ありさ、撮影/日置成剛)

 

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