利用者の“自分でやりたい想い”を支える作業療法 -一般社団法人 日本作業療法士協会 会長 中村春基-

無料メルマガ登録

2016年に設立50周年を迎えた日本作業療法士協会。高齢化に伴い作業療法士の需要はますます高まっています。
病院でのリハビリテーションからスムーズな在宅医療への移行に向け人材確保が急務だと話す中村会長。
2012年から導入された「生活行為向上マネジメント(MTDLP)」では、利用者の目標設定を明確にすることで着実に効果を上げています。
協会の今後の展望や作業療法士の仕事の魅力について、お話していただきました。

 

<プロフィール>

中村春基(なかむらはるき)さん
一般社団法人 日本作業療法士協会 会長

1977年に国立療養所近畿中央病院附属リハビリテーション学院を卒業。
兵庫県立総合リハビリテーションセンター中央病院、兵庫県立播磨総合リハビリテーションセンター、リハビリテーション西播磨病院などでの勤務を経て、兵庫県立総合リハビリテーションセンター中央病院でリハビリ療法部部長を務める。
日本作業療法士協会では1985年から理事・常務理事・副会長を歴任し、2008年に日本作業療法士協会会長に就任し、現在に至る。
作業療法士の技術向上と人材確保のための活動に尽力している。

増え続ける作業療法士のニーズに対応するため人材確保が急務

-現在、日本には作業療法士は何人いらっしゃるのでしょうか?

有資格者が約8万人で、そのうち協会会員は55,164名(平成29年6月1日現在)です。

残りの約3万人の実態は正確には把握できていません。有資格者は年間約5,000名ずつ増えていっていますが、需要には全く追いついていないのが実情です。

国の施策として、2025年までに、12万床ある回復期リハビリテーション病棟を地域包括ケア病棟も含めて37.5万床まで増やす計画がありますが、それに伴い作業療法士の需要はますます高まっていくと考えています。

 

訪問リハビリテーションに関わっている人数はどのくらいでしょう?

訪問リハビリテーション専従という方は、おそらく全国で2,000名を切るのでないかと思います。

実際には病院のリハビリテーション部門と訪問を兼務するケースもありますので、3,000〜4,000名くらいは関わっているでしょうね。

 

とはいえ、すごく少ないでしょう。実は、介護保険の中で訪問リハビリテーションの給付量はわずか0.35%。介護保険を使っている100人のうち1人が受けられるかどうかの数なのです。

 

病院と訪問リハのスムーズな連携を目指して

訪問リハビリテーションの利用者の主な疾患は?

一番多いのは脳卒中の後遺症の方ですね。

廃用性症候群で運動機能が落ちている方も多く見られます。

 

-病院との連携の現状はいかがですか?

病院では退院を目標にしていますが、利用者さんにとっては退院してからが新たな生活のスタートです。

退院した次の日には訪問リハビリテーションが受けられる環境が理想ですが、実際には始まるまでに平均2週間かかってしまっています。

 

病院でリハビリテーションをしていると一時的に運動機能は高まります。

しかし在宅復帰してリハビリテーションをやめてしまうとすぐに元に戻ってしまう。

だからこそ、早期に訪問リハビリテーションを開始し、自宅での生活の中に運動を取り入れる必要があります。

 

例えば、家の中を少し掃除するだけでも良い運動になり、少しずつでも家のことができるようになると、その人の“役割”が生まれる。

“役割”があればそれが動機となって心身の活動を続けられるようになり、自然と足腰を鍛えられる。

生活の流れの中でこういう良循環を作り出していくことに作業療法士の役割があるんですよ。

 

報酬改定の結果、病院のスタッフが患者さんのご自宅を訪問し、在宅復帰に向けた具体的なサポートをする流れにはなってきています。

そこに作業療法士も参加し、退院前後の1ヶ月を病院と地域の作業療法士がお互いに介入できるようになれば、もっとスムーズな在宅への移行が進むと考えていますが、まだまだ実施率は高くありません

これも慢性的な作業療法士の人手不足が大きな要因の一つになっていますね。

 

早くリハビリテーションをスタートできれば回復も早くなるのですね!

そうです。そして、リハビリテーションでもう一つ大事なのが“目標を明らかにすること”です。

利用者さんと話し合って、現状から何を目標に設定するのがよいかを決めていきます。1週間後、1ヶ月後でどこを目指していくか具体的なプランを立てるんです。

利用者さんご自身が主体的に取り組まなければ作業療法はうまくいきませんから、料理をしたい、散歩がしたいという目標を持つことが大切です。

▲実は利用者にとっては“目標を設定すること”が難しいのだそう。「体が動かないことを受け入れて、自分の状態に合わせた目標が立てられれば5割は達成できたようなもの」と中村さんは言う。利用者が“これをやりたい”と思えるように、いろいろな作業を経験してもらうようにしているそう。

 

利用者さんと目標を共有することが必要なのですね。

例えば調理を目標にしたら、まずは立って食器を洗えるようにする。

そのために立った状態を維持するバランス感覚も必要になります。

手が動くようになれば、“今度は両手を使ってお皿を拭こう”、と少しずつ段階を踏んでいきます。

「危ない!」と私たちが伝えるのではなく、“この動きをしたら危ない”のだと自分で分かってもらうことが大事。

 

例えば右半身に麻痺がある方が突然左から右にスライドするような動きをすれば、右側で支えなければならず、支えきれなければ転倒してしまいます。

危ないときには間に一つステップを入れることを、こちらが教えるのではなく利用者さん自身に考えてもらう。

だからうまくいった利用者さんほど、「私は自分でできた」とおっしゃるんですよ(笑)。

 

具体的な目標を設定し、達成するためのツールを開発

「生活行為向上マネジメント」について教えてください。

協会では利用者さんの心身機能や具体的に困っている動作、環境、背景などを考慮しながら目標を設定するためのツールとして、「生活行為向上マネジメント(MTDLP)」を作成しました。

作業療法士はヒアリングシートをもとに利用者さんと話し合い、目標設定をして介入を行い、その結果に対して評価を行います。

取り組みとして導入してから5年になります。

 

MTDLPは、その考え方自体は作業療法の現場にもともとあるのですが、できるだけ属人性をなくして一定の水準を保ち、また利用者さんや他職種の皆さんにも分かりやすく共有しやすいかたちで作業療法を可視化するために作られました。

▲ヒアリングシートをもとに目指す生活行為を聞き取り、作業療法の目標を設定する。MTDLPは利用者との間だけでなく、他職種と同じ目標を共有するためのツールとしても使われている。

 

導入されてどんな効果がありましたか?

各都道府県の作業療法士会でMTDLPに基づいた事例検討会を開催していますが、これまで検討した事例が3,906件(2017年5月31日現在)になりました。

事例検討会には協会が認定した指導者が参加し、それぞれの症例について議論を重ねています。

多くの事例を集積し共有することで、利用者さんはより精度の高い作業療法を提供することができます。

各事例はICF(国際生活機能分類)コードを使ってまとめていますので、結果が把握しやすいのです。

 

-現場で動きやすくなりそうですね。

利用者さんとのコミュニケーションがとりやすくなったと思います。

MTDLPでは一枚の紙を見ながら情報共有ができますので、利用者さんにも理解していただきやすい。またリハビリテーションに関わる医療・介護スタッフたちとの連携にも活用できます。

利用者さんが調理を目標にしていたら、理学療法士は“冷蔵庫の下のものをとれるようにしよう”と、必要な運動能力を高める訓練を取り入れてくれます。

 

利用者さんとの信頼関係づくりが作業療法士の力の見せ所

作業療法士の仕事の魅力とは?

実際に現場で利用者さんに関わっていくのは楽しいですよ。

1例1例を大事に学んでいけば、それが幅広く深みのある知識になります。

経験が蓄積されていくほどに、同じ言葉を伝えるにしても利用者さんからの信頼のされ方が違うんですよね。

私も若い頃には悔しい思いをしましたが、失敗をしながら“どこが違うのだろう”と先輩の技を盗んでいく。臨床はその繰り返しです。

 

-利用者さんとの信頼関係が大切なのですね。

ええ。これまで関わった利用者さんで印象に残っている方はたくさんいます。

 

脳性小児麻痺のAさんは筋肉の強いこわばりから身体の動きがうまくできず、食事をするのもやっとでした。

ある朝、病棟に行くとAさんの顔はジャムだらけ。自分でパンを食べようとして失敗したのでしょう。

看護師さんは50人を3人で見ていて、とても食べさせてあげられる状態ではありませんでした。

そこで3ヶ月間、平日は毎朝7時に出勤してAさんの食事をサポートしたところ、最後には看護師さんがびっくりするぐらい自分で食べられるようになったということもあります。

 

▲「Aさんとは総勢11人でツアーを組んで、温泉で有名なドイツのバーデンバーデンへ旅行をしました。Aさんはずっと温泉に行くことを目標にしていたので、なんとか実現させてあげたかったのです。私にとっても生涯の思い出になりました」

 

食事ができるようになったのは大きな変化ですね。

他にも事故で頸髄損傷になったBさんは、ほぼ首しか動かすことができなかったのですが、「食事がしたい」「本が読みたい」と目標を強く持っている人でした。

当時、私が勤めていたリハビリテーションセンターには工学エンジニアがいたので、Bさんの生活を改善する自助具を作るために試行錯誤を繰り返しました。

利用者さん自身の訓練のサポートだけでなく、道具や環境を変えることによって、目標として設定した生活行為をできるようにすることも作業療法士の仕事なのです。

▲口しか使えないBさんのために、スプーンでごはんをすくって、一度留め具に置いてから口に入れられるようにした器具や、棒の先にゴムを付けて、口を使って本のページをめくれるようにした道具などを作成。

 

誰もが暮らしやすい社会づくりに貢献する

作業療法士を目指す人へのメッセージをお願いします。

苦労もありますが、やればやるほどやりがいを感じられる仕事ですので、ぜひチャレンジしてほしいですね。

訪問リハビリテーションは病院以上に、自ら積極的に学んでいく姿勢が必要です。

協会でもMTDLPの事例検討会を開き、新しく作業療法士になった方たちをサポートしています。

そうした場でどんどん発表をしながら技術を高めていってもらいたいです。

また現在、認知症や摂食嚥下など9領域において専門作業療法士認定制度を設けていますが、これからの作業療法士は幅広い知識や技術を身に付けると同時に、専門分野に特化していくことも大切だと思います。

 

-最後に、協会の今後の展望をお聞かせください。

作業療法士は医療以外でも様々な場所で必要とされています。

 

すでにアメリカでは各学校で教師をサポートしながら生徒たちが落ち着いて学べる環境をつくる役割を担っています。

日本でも特別支援学校には外部専門家として入るようになってきましたし、京都では一般の学校で作業療法士を取り入れているケースもあります。

近い将来にはもっと多くの場所で作業療法士のノウハウが生かされることでしょう。

 

高齢でも認知症でも発達障がいでも、どんな人でも“やりたいこと”を実現できるように作業療法士が支援していく、それを通して誰もが暮らしやすい社会を作っていくことに貢献できたらと思っています。

 

▲日本作業療法士協会が製作したDVD。作業療法士の取り組みや、自助具の工夫、認知症患者へのサポート法などが丁寧に解説されている。

 

▲「誰もが暮らしやすい社会づくりに向けて、ぜひ作業療法士の力を活用してほしいと思います。」


取材後記

作業療法士の仕事について伺うと、「楽しいよ!」と一言ニコッと笑って答えられた中村会長。

リハビリテーションに携わった利用者さんたちのことを、まるで家族のように大切にされていることが伝わってきました。

「もっと多くの場所で作業療法士のノウハウが生かされれば、人々が暮らしやすい社会になる」、とおっしゃっていたことが腑に落ちると同時に、そんな未来が実現してほしいと強く思いました。

 

◎取材先紹介

一般社団法人 日本作業療法士協会

東京都台東区寿1-5-9 盛光伸光ビル7階

TEL 03-5826-7871

FAX 03-5826-7872

http://www.jaot.or.jp/

(取材・文/安藤梢、撮影/菅沢健治)

 

 

無料メルマガ登録

【無料公開中】人気記事を資料にまとめました!

資料ダウンロード「感染予防」