日本医療社会福祉協会は医療ソーシャルワーカーの団体として、1953年に設立されました。社会福祉士の中でも医療分野に特化した専門職である医療ソーシャルワーカー。療養中の患者の不安に寄り添いながら退院支援をするとともに、社会的問題を解決するため、各機関と連携をとりサポートを行っています。現在、日本の在宅医療が抱える問題やこれから求められる人材について、お話を伺いました。
<プロフィール>

▲早坂由美子(はやさかゆみこ)さん
公益社団法人 日本医療社会福祉協会 会長
【経歴】
上智大学文学部社会福祉学科を卒業後、医療ソーシャルワーカー(MSW)として北里大学病院に入職。現在はトータルサポートセンターの課長補佐。医療機関における児童虐待の予防、対応に力を注いできた。平成26年度に労働省医政局地域医療計画課 在宅医療推進室に研修生として在籍。平成27年5月より公益社団法人 日本医療社会福祉協会の会長に就任。相模原市社会福祉審議会児童相談所措置部会委員も務める。
認定医療社会福祉士、認定社会福祉士(医療分野)、精神保健福祉士。
目次
生活にスポットを当てた視点で患者を支える
-まず協会の活動内容について教えてください。
大きく分けて協会の活動には4つがあります。
- MSWの専門知識および技術の習得、向上のための研修
- 保健医療分野の福祉サービスにかかわる調査研究
- 社会貢献に関する事業
- MSWの質を担保するための認定事業
災害支援も社会貢献の一つで、東日本大震災では現地に事務所を置いて、今も主に仮設住宅に住んでいる方の支援を続けています。熊本地震の際にも協会から人材を派遣しました。
—人材育成のための研修はどのような内容ですか?
医療そのものよりも「医療を受けている患者さんの生活」に焦点を当てたソーシャルワーク研修を行っています。
例えば脳卒中にはどのような種類があり、どこに後遺症が出るのか、合併症はあるのか、それによってどんな生活状況になるのか。
疾病が患者さんの生活にどういった影響を及ぼすのかを私たちは知る必要があります。
そのような知識を持ったうえで支援をしていきます。倫理的、心理的、社会的な知識や援助技術が必要になります。
MSWの仕事の目的は、患者さんを取り巻く社会資源を活用しながら、その方の持っている生活ニーズを充足させていくこと。
もちろん医療に関わる知識は求められますが、医師や看護師とは違った視点が必要なのです。
—現在、医療ソーシャルワーカー(MSW)は全国に何人いらっしゃるのですか?
資格の有無を問わなければ約2万人います。そのうち協会の会員数は5346人(2017年9月1日年時点)です。
平成28年度の診療報酬改定で「退院支援加算1」が新設されたことで、各病棟にMSWや退院支援看護師といった専任職を配置する動きが加速しました。
そのためMSWの数も年々増加傾向にあります。
—医療ソーシャルワーカー(MSW)の人員は足りているのでしょうか?
増加しているとはいえ、やはり足りないのが実状です。まだすべての病院にMSWが必ずいるというところまでは至っていません。
相談に来てくださった方への対応はできていますが、心配ごとがあっても相談に来られない方までも本来は能動的にアプローチしていくべき、と考えると全く足りないですね。
どんな方でも必要な時には相談支援が利用できるように、医療の中のインフラになりたいと思っています。
幅広い選択肢を提案し、在宅医療にスムーズにつなげる
-在宅医療の中での医療ソーシャルワーカー(MSW)の役割とは?
多くのMSWは病院に勤務していますので、在宅医療へと適切につなげることが主な役割です。
私自身、平成26年に厚生労働省の在宅医療推進室で1年間研修をしていた経験から、急性期病院から在宅診療につなげる大切さと難しさを実感しています。
現在の急性期病院の平均在院日数は2週間ほど。退院時点では在宅医療に臨むことに「自信がない」とおっしゃる患者さんやご家族に、「こういうサポートができますよ」と在宅への道筋を見せてあげる。場合によっては病院の医師にも働きかけていきます。
-在宅復帰に向けてはご家族の不安も大きいですよね。
ええ。受け入れに不安を抱える方は多くいらっしゃいます。
今は回復期リハビリ病棟や地域包括ケア病棟といった在宅復帰に向けた病棟もありますし、退院後は訪問診療や訪問看護に加え、ホームヘルパー、デイサービスなど介護保険のサービスを組み合わせてサポートする仕組みも充実しています。
できるだけ幅広い選択肢を提案できるように準備をするのがポイントだと思っています。

▲早坂さんが勤務する北里大学病院では、退院支援部門から専任の医療ソーシャルワーカーと看護師が一緒に退院カンファレンスを主催。医療ソーシャルワーカーは生活の問題、家族関係に重点を置き、看護師は治療や看護の継続、在宅での医療ケアについてメインに相談に応じる。
-医療ソーシャルワーカー(MSW)は他職種と連携をとる機会も多いですね?
院内では医師や看護師、リハビリスタッフ、栄養士、すべての職種と方針を共有していくことが必要です。
退院支援ではケアマネージャー、他の医療、介護施設のスタッフと連携しますし、難病患者さんやお子さんのサポートでは、障害関係機関や教育機関、児童相談所とも関わります。
MSWは自分たちだけでは何もできませんが、一人一人に合わせて適切なサービスとつながるように支援をすることができますし、様々な事例に対応する幅広い知識を持っています。
他の職種の方でも困ったことがあればぜひ声をかけていただきたい。これまでとは違う切り口を提案できると思います。
在宅医療が抱える問題から見える医療連携の重要性
-医療ソーシャルワーカー(MSW)が大事にしていることは?
一番は「自己決定」、つまり“患者さんがどうしたいか”を大事にします。
例えばペットと暮らすことを大切にしている方なら、どうしたらペットと暮らせるのか。ペットと暮らせる方法を一緒に考えるなど、望みの実現のために力を尽くします。
医療スタッフが患者さんの命を守るためのものなら、MSWは患者さんの生き方や自由を優先的に考える存在なのです。
-在宅医療との関わりで医療ソーシャルワーカー(MSW)が抱える課題は?
“バックベッド問題”があります。在宅医療を担う診療所や訪問看護ステーションは増えていますが、自宅で最期を迎えたいと覚悟を決めている患者さんやご家族はまだ一握り。
「できるだけ自宅に居たいけれど、いざとなったら病院に戻りたい」と考えるケースがほとんどです。
いざ入院したいときにすぐに受け入れてくれる病院は少なく、訪問診療で看取りに対応できるところもまだまだ限られています。
病院ではそうした方のためのベッドの確保が課題になっているのです。
-治療を続けたいという患者さんもいますよね?
はい。例えばがんのステージが進んでもできる治療がある場合、治療を希望されるのであれば続けられる環境を整えなければなりません。
また在宅で腹水が抜けるかどうかといった、訪問診療医によって対応できるスキルが違うので、その状況を把握した上で依頼先を決める必要があります。
今後は呼吸不全や食べられなくなったときに対応できる地域の病院と、訪問診療医との連携が求められているのではないでしょうか。
急性期病院が本来診るべき患者さんを診るためには、お互いの連携が不可欠です。
病院の医療スタッフがもっと在宅医療への理解を深めていけるよう、MSWが働きかけることが重要だと思います。

▲退院支援では、早く退院させたい病院側と不安を抱える患者さんの間で板挟みになってしまうことも。「コーディネート職ならではの難しさがある」と話す。
治療だけでは患者さんは幸せになれない
-早坂会長はなぜソーシャルワーカーになろうと思われたのですか?
高校生のころから人の役に立つ仕事がしたいと思っていました。
大学で社会福祉学科を専攻して、実習で病院に行ったのがMSWになったきっかけ。
当時は医療機関にソーシャルワーカーがいるのは珍しかったですね。
北里大学病院はかなり早い段階でMSWを配置したのですが、それは「治療を頑張っても、生活面の不安が解決しなければ患者さんは幸せになれない」という初代看護部長の考えがあったからなのです。
-これまでで印象に残っている取り組みはありますか?
まだがん告知をしないのが一般的だった時代に、一人の患者さんについて多職種のスタッフが話し合いの場を設けて、告知について考えたことは今でもよく覚えています。
1990年代でしたが、この頃から多職種協働の空気が生まれたような気がします。
私自身はずっと児童虐待の問題に取り組んできて、病院内で対策チームのメンバーになっています。
他の医療者とソーシャルワーカーでは意見が違うことがあるのは当たり前。立場が違うからこそ言える意見もあります。
病院だけでなく地域社会に対しても、積極的にアプローチしていくことが大事ではないでしょうか。
-やりがいがある仕事ですね。
病気の患者さんに対して全部の悩みや不安を解決してあげることはできませんが、私との面接の後に「ちょっとホッとしました」と患者さんやご家族に言ってもらえると嬉しい。
治療も大変ですが生活も心配……。そんな患者さんが私たちと話すことで、少し先が見えてくる。それがソーシャルワーカーの存在意義につながっています。
日本医療社会福祉協会が今後、目指すもの
-MSWにはどのような人材が求められているでしょうか?
患者さんとしっかり信頼関係が築けることはもちろん、的確なアセスメントをしてプランニングができる能力が必要です。
加えてこれからは地域の中に入っていき、ニーズを捉えて新しい仕組みを創造していく力も求められています。
また、在宅医療の実現のためには介護システムの充実がなければ成り立ちません。
ケアマネージャーやヘルパーさんたちが困っていることに目を向け、サポートをする。
例えば認知症や排泄、食事の問題に対して勉強会を開くなど、つながりの中で一緒に解決していく姿勢も大切です。
-協会の展望をお聞かせください。
今は退院支援が中心ですが、外来での療養の継続支援、就労支援、就学支援にも取り組んでいきたいと考えています。
そのために人材の確保はもちろんですが、質を向上させていく必要があります。
医療ソーシャルワーカーは一対一で患者さんに接するので、一人一人の知識や技能アップが大きな課題なのです。
協会では2010年に医療社会福祉士の認定制度を始めました。
自分の研鑚してきたことを第三者に判定してもらい、専門的なスーパービジョンを受けることで質の向上を図っています。
協会ではそのサポートに力を入れていきたいと考えています。
今後は患者さんに対する支援だけでなく、その方の病気や療養環境の問題をしっかりとアセスメントして、それに対応できる地域のネットワークづくりに力を注ぐことが大事になっていくと思います。

▲「医療の中にいる福祉職である」というのが、医療ソーシャルワーカー独自の位置付け。医療者の立場では見えないことに注意を向け、新たな解決策を探すことが求められている。
取材後記
医療機関から在宅医療へとスムーズに移行するためには、医療ソーシャルワーカーの存在は欠かせません。常に最新の情報にアクセスしながら、関連する組織とネットワークを築いていく。コーディネーターとして重要な役割を果たされています。一方、患者さんにとっては生活における不安や心配ごとを相談できる頼もしい存在。早坂会長の温かい雰囲気には、患者さんに寄り添う真摯な気持ちが表れていました。
◎取材先紹介
公益社団法人 日本医療社会福祉協会
東京都新宿区住吉町8-20 四谷ヂンゴビル2F
TEL 03-5366-1057
FAX 03-5366-1058
ホームページアドレス http://www.jaswhs.or.jp/
(取材・文/安藤梢、撮影/菅沢健治)