敬遠していた在宅医療。いざ飛び込めば医者としての成長を日々実感。−稲垣クリニック院長 稲垣 雅彦−

兵庫県の南東に位置する伊丹市は、大阪の繁華街などにもアクセスが便利で、人口も多いエリア。賑わいをみせるJR、阪急の各駅前より少し離れ、家族連れに人気の高い大きな昆陽池公園の近くに、稲垣クリニックがあります。外来の患者さんを多く抱えながら、サービス付き高齢者住宅や特別養護老人ホームへも診療へ出向くなど、大忙しの毎日を送られている稲垣院長に、在宅診療への思いやこれからの課題についてお伺いしました。

稲垣雅彦(いながき・まさひこ)さん

稲垣クリニック 院長・医学博士

 

近畿大学医学部卒業後、同大学第一内科へ入局。同大学院医学研究科を修了する。泉大津市立病院で内科医長をつとめた後、平成14年に阪急伊丹駅前にて稲垣クリニックを開院。平成20年に市内で移転開業し現在に至る。日本循環器学会認定循環器専門医、日本医師会認定の、産業医、健康スポーツ医でもあり、市内小学校の校医もつとめる。同時にサービス付き高齢者住宅や特別養護老人ホームなどの施設へ出向き訪問診療を行なうほか、地域包括ケアにも意欲的に取り組む。

 

敬遠していた在宅医療。取り組み始めたきっかけとは

―クリニックを開業されたのはいつごろですか?

僕が40歳の時ですね。自分のペースで自分のやりたい医療をやっていきたいなというのがずっとあって独立しました。
ただ、もともと大阪で働いていたので伊丹には落下傘開業。
実際に始めてみると、経営を安定させないといけないっていう集患の部分とか、人を雇ったり数字を見たりの慣れない経営の部分で苦戦しました。
開業医の仕事は自分がやってきた医療の仕事だけじゃないから、すごく難しくて…最初の数年は本当に大変でしたね。

 

―クリニックでは最初から在宅医療も?

在宅医療に関しては、もともと少し興味はあったものの、なかなかやる機会はありませんでした。
だから、在宅自体にそんな思い入れがあったわけではなくて(苦笑)。必要性があればやろうかな?っていう程度でした。

何回か知り合いの先生の紹介で現場を見学させてもらうと、自分の求めている医療とはあまりにもかけ離れていて…。
在宅医療は、高齢の患者さんが多いので、お話を聞いてあげるとか、コミュニケーションの部分が多いですよね。
医療とは別の部分が占める割合も大きく思えて。正直言うと、今まで築き上げてきた医者としてのモチベーションが下がりそうな感じがしてしまったんです。
それで、最初はちょっと在宅医療を敬遠していました。

 

開業からずっと外来だけ続けていたんですけど、通院されているうちに在宅医療の必要性が出てくる患者さんがいらして。
その方をきっかけに、僕も取り組み始めたんです。

それが10年ぐらい前で、しばらくして施設へも診に行くようになりました。
ちょうど診療報酬改定で、集合住宅の点数が下がってしまった時があり、その時に訪問できる医師がいなくなってしまった…と近所の施設からヘルプがあって。

 

4年ほど前からは、少し遠いですが宝塚の施設にも、週1回行っています。
そこは、受け持ち3、4人ぐらいから始まって、今では30人近くの患者さんを診させてもらっています。

逆に、今となっては、患者さんの自宅まで伺うのは、この近辺の診療域で数件になりました。
もともと、うちに通われていたご高齢の方ばかりです。

 

▲苦手意識のあった在宅医療に取り組むようになり「自分に足りないものがいっぱいあったこともわかったし、こうやって続けていることで常に勉強にもなっていると思います」と話す稲垣院長

 

喜ばれることにやりがいを感じる、未知の医療に活路を発見

―実際に在宅医療に取り組まれてみていかがでしたか?

最初は指示書の書き方すら知らなかったので、周りのスタッフさんたちに助けてもらいました。
訪問看護ステーションの看護師さんたちは技術の優れている経験豊富な方が多かったので、こういう人にはこういったケアが必要とか、この人に用意しなくちゃいけないのはこの物品とか、自分が今までやってこなかった医療以外の部分についても、その都度、接しながら全部教えてもらいましたね。

 

おかげで、はじめは乗り気じゃなかった在宅医療ですけど、飛び込んでみたらいろいろ勉強になるし、と今はモチベーションもだいぶ変わりました。
自分が今までやってこなかった、知らなかった部分を今、埋めていけている感じというのかな。

 

だんだん自分なりのやり方も出来てきて、今は「あぁ、在宅って面白いな!」と思うようになりましたね。
自分が足を運ぶだけで喜んでくれる人がいるとか、話を聞いてあげるだけで笑顔になってくれる人もいるとか、スタッフが自分を必要としてくれるとか…そういうことも嬉しいですよね。
こういう医療のかたちというか、医療の関わり方もあるんだなと。

 

―先生が在宅医療で心がけられている事はありますか?

独居の人が多いから、話し相手として自分から積極的に話しかけていくというところですね。
自分と話すことで、何か少しでも気分良くなって明るくなってくれたらいいなと思いますね。
自分一人だけでなくて看護師さんと行ったりもしますから、ワイワイと打ち解けてくれますよ。
仲良くなりすぎて、たまにお菓子くれようとしたりする患者さんとかもいます(笑)

▲最初は、阪急伊丹駅前のビル最上階で開院されたというクリニック。ビルの改装をきっかけに、中心地から少し離れた環境のいい現在の瑞穂町へ移転。既に10年が経つ。いまや地域のかかりつけ医として、多くの患者さんの支えになっている。

 

多職種連携には、取り組めることがまだまだある

―先生は地域包括などにも関わっておられるんですよね?

3年ほど前から地元の医師会から地域包括の担当医師に指名されました。
今は地域包括の会議にも出席しています。また、5年ぐらい前から介護保険認定の審査会にも出席しています。
地域の多職種連携会議に出席してみると伊丹市は多職種連携出来ているようで、まだまだ出来てないな、というのもわかってきました。
そういう意味では、まだまだこれからですね。逆に考えれば、これからまだまだ取り組んでいけることがあるという感じですけど。

 

たとえば、このあいだの多職種連携会議では「隠れ認知症」をどうやって掘り起こすか?という議題でした。
そういった人たちは引きこもっている人、独居の人が多いので、何かのきっかけがないとわからないよね?と。
みずから病院には来てくれないですし、病院に来てくれたとしても、そういう時に限って普通に振る舞う人が多いらしいんですよ。

 

ただ、そういう人がコンビニエンスストアとかで、何か身なりがおかしいとか、お財布からお金がちゃんと出せないとか、ふと普段の姿に戻っちゃう。
それに気づいた店員さんが通報してくれて、認知症だったのがわかったというケースも少なくない。
でも、この発見が、なかなか難しくて。今は、そういう事例に関する対策なども練ったりしてますね。

▲お看取りの数も徐々に増えてきた。「高齢住宅で僕が受け持っているのは、現在30人ぐらいですけど、年間で3人ぐらいは、お看取りさせていただいています」

 

在宅医療の入口で困っている手は、積極的に掴んでいく

―この地域の在宅医療における、これからの具体的な課題は何だと思われますか?

在宅医療って、必要としている人は多いのに、誰に頼んだらいいかわかんないって人も多いと思うんですよ。
たとえば、点滴の必要があって毎日通院している人が、ここまで足を運ぶのがしんどいから、今後は在宅でお願いしたい。
誰に相談したらいいかな…で、わからないから、そのまま話が進んでない。
そういうケースがけっこう多いので、なんでも相談できる窓口ができればいいなとは思っています。

 

今は、地域包括会議の仕事を始めたおかげで、相談窓口の存在を知ったので、患者から相談を持ち込まれたところで、僕が相談窓口に直接電話してあげています。
介護保険を申請したいけど、どこに相談したらいいかわからないと言われれば、僕が「じゃあ、今かけてあげるわ!」って直接相談窓口へ電話する(笑)。
そして電話変わって「細かいことは、聞いてね」って。

 

極端かもしれないけど、そういうダイレクトに手助けできる環境も必要かなと思います。

今まで独歩でクリニックに通っていた患者さんって、手続きとか届け出とか、そういう細かくてややこしいことがわからない人も多いでしょう?

 

今までは、僕も「こういうのあるよ」とか、「市役所とかに聞きに行ったら?」って言って終わりにしていました。
けど、そこで手を離してしまうのではなく、そういう困りごとを、気軽に話せる、そして親身に応えてくれるような窓口があればと。在宅医療への間口を、広げてあげられる環境を整えていけたらいいなとは思いますね。

 

あと、僕のような外来も在宅もやっているクリニックの立場からすると、クリニックでの検診や予防接種で患者さんの現状を知れば、在宅医療が必要な人はスタートするきっかけになるなと思って。
そうやって普段から患者さんと接する場を増やしていければと思います。
独居の方とか、隠れ認知症の方とか…必要なのに、まだ在宅まで手が及んでないという方にも、そういう機会を増やして、手を差し伸べていきたいですね。

 

医者として感じとれるものや得られるものがある、それが在宅医療の魅力

―最後に読者へメッセージを。

在宅医療は、これからますます必要性が増えて来るのは間違いありません
僕も正直初めは気が進まなかったんですけど(苦笑)、患者さんのもとまで足を運んでみたことでわかることは多かったですよ。

 

訪問診療って患者さんの生活が見えるじゃないですか?それが自宅じゃなくて高齢者住宅でも、各部屋みんな違う。
自分の空間をきちんと整理整頓している人もいれば、散らかっている部屋もある。
患者さんの日常に踏み込むことで、医療にも人間味が出てくると思います。

 

変な言い方かもしれないですけど、外来だけでは感じ得ない、医者として大切なものを感じとったり、得たりできると思います。
それが本当の医療のかたちなのかなということも思えるようになってきましたね。
医者として成長できるもののひとつ、それが在宅医療でもあると思います。

 

取材後記

稲垣院長は、穏やかな口調と、やわらかな笑顔が印象的な先生。患者さんにもこの温かな空気感は心地よく感じられることでしょう。当初は在宅医療について積極的ではなかったことも正直にお話しくださいましたが、実際に取り組まれることで、その必要性と、外来診療とは異なる中身の深さも感じておられるのが伝わってきました。地域の在宅医療についても、これからの在り方を真剣に模索されていて、ますます多くの患者さんたちの力になってくださることと思います。

 

取材先紹介

稲垣クリニック

兵庫県伊丹市瑞穂町6丁目44番地

072-780-0017

ホームページ http://www.inagaki-clinic.com

 

(取材・文 梶 里佳子/撮影 宮田勝通)

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