『いのちの深い学び』を、「医療者の手のなか」から「地域」に戻すために ―医療法人 まちのオハナ マーガレットクリニック 院長 松尾 大志―

名古屋市東部、天白区。地下鉄鶴舞線平針駅からほど近くに、地域を元気にする施設として多目的ホールや喫茶室、障がい者施設などを備える「ほっと平針」があります。その建物の2階に2015年に開院したのが、在宅医療・緩和ケアを行う「マーガレットクリニック」。これまでの病院中心の医療から、在宅医や訪問看護・介護サービスなどが協力して行う地域ぐるみの地域完結型医療へと移行していくために、この地に対する愛着と覚悟を持って真摯に取り組んでいる医師、松尾大志氏を訪ね、その活動や目指す姿、今後の課題等について伺いました。

▲松尾 大志(まつお・ひろし)さん

医療法人 まちのオハナ マーガレットクリニック 院長

1979年名古屋市名東区生まれ。幼少期を名東区・天白区で過ごし、中学・高校時代は愛媛県にて寮生活を送る。福井大学医学部卒業後、名古屋第一赤十字病院、名古屋医療センター、名古屋大学医学部附属病院等で循環器内科・救急医療の急性期医療に従事。その後、名古屋大学大学院へ進学するも、研究ではなく臨床の現場へ戻りたいという気持ちが強くなり、自分の医師としてのキャリアについてじっくりと考えた末に、やはり患者さんのそばで学ばせていただく臨床の現場に戻ることを決意した。昭和区の「三つ葉在宅クリニック」にて在宅医療を経験し、この道を志す決意を固め、愛媛県松山市の「たんぽぽクリニック」で在宅医療全般についての研鑽を積む。

2015年3月3日、故郷である名古屋市天白区に「マーガレットクリニック」を開院。

日本内科学会総合内科専門医
日本医師会認定産業医

町医者として、原点回帰したい

―まずは、在宅医療を志すことになった経緯を教えていただけますか?

大学卒業後は救命救急センターのある三次救急病院で急性期医療に従事していました。
救命救急の現場や集中治療室などで、先進医療の重要性を感じ取りながらも、自分の目指す道とは違うと思っていました。

―急性期医療の現場で、「何か違う」と感じられたのですね。

日々、心肺停止で運ばれてくる高齢の患者さんに、心臓マッサージや人工呼吸をしていましたが、それはご本人の意思も確認できないままするわけです。
「死は敗北だ」「命を救うのだ」という医師の使命が前面に出ます。
私はその場にいて「ご本人の意思はどうなのかな、これで本当にご本人は幸せなのかな」と違和感を感じる日々でした。

大学での臨床実習のときも、人の体にメスを入れることにすごく重さを感じました。
悪いがん細胞だから取る、というのはわかるのですが、まだまだ不勉強だったこともあり、それが本当に正しいのか?生まれた時からある臓器をどこまで手術で摘出する必要があるのか?そこに絶対的な根拠はあるのか?と、いろいろと考えて悩んでしまいました。
元々は外科志望だったんですが、医療の不確実性のようなものも漠然と感じていました。

急性期医療は、自分には向いていないと思いました。
医療の限界をわきまえた上で、謙虚に人として向き合っていくのが、自分にとっては自然なことだと感じていました。
向いていないと思いながらも、あえてそういう得意ではない分野に身を置き、厳しく指導していただいてトレーニングを積んだ時期でした。
その後、「支える医療」を行うのに、「治す医療」を経験できたことは大変貴重なものとなっています。

―貴重な経験ではありますが、悩まれたことでしょうね。

そうですね。元々、医者になろうと思った原点でのイメージは「地域の町医者」だったということもあり、悩んだ末に大学院へ進みました。
それまでは下積みでしたので、緊急の呼び出しや急変対応などに追われ、目の前のことをひとつひとつこなしていく日々であり、ゆっくりと考える時間はありませんでしたが、そこでようやく落ち着いて、自分の方向性を見つめ直すことができたのです。


そして、「三つ葉在宅クリニック」で、在宅医療と出会いました。
「三つ葉在宅クリニック」にてグループ診療体制のなかで、約1年間、在宅医療の基礎を学ばせていただき、大きなやりがいを感じ、自分の進むべき道はこれだ!と思いました。

―その後、愛媛県のクリニックで研鑽を積まれたとのことですが。

「たんぽぽクリニック」の永井康徳先生のご著書に感銘を受け、医療人としての魂のようなものを学びたいと強く思いました。
中学高校時代を過ごした地でもある松山市の同クリニックで1年3カ月勤務し、多職種のチームで行う在宅医療の素晴らしさ、へき地診療所でのかけがえのない地域医療の経験、永井先生の在宅医療における信念など、本当に多くのことを学ばせていただきました。

そのようななかで、自分の元々のイメージだった「町医者」像も明確になっていきました。
実は私の祖父が医者でして、直接話を聞くことはなかったのですが、祖母から、往診やお看取りなども行い、地域の方々から信頼されていたと聞き、祖父のような町医者になりたいという気持ちがありました。

―そうだったのですね。おじいさまのようなお医者様像、先生にとってどんなイメージなのでしょう?

地域の方々の相談役、ですね。
医療が生活の邪魔をしないように、生活の一部としての在宅医療を行う、ということです。
昔の町医者はそうだった。原点回帰をしたいのです。

高度経済成長に伴い、医療技術も進歩・発展してきましたが、一方で、医療人としては退化してしまっている部分もあるのかもしれません。

コミュニティを作り、地域ぐるみの医療を目指す

―松山から帰られて、故郷であるこの地に開業されました。どのような思いでしたか?

生まれ故郷で地域の人の役に立ちたい。この一言に尽きます。

超高齢社会に入り、これからますます、不安や困りごとを抱えた方が増えてくると思います。
そんな人々が安心して寄り集まれる居場所を作りたい。
診療所がそのハブになり、人と人とのつながりを大切にした地域社会を作りたい、という目標を持っています。

―コミュニティスペースであるこの建物を選ばれたのも、そのためですか?

最初はそういう思いもありましたが、ここが最終形とは考えていません。
目指すイメージとしては、先程も言った「昔の診療所」なんです。

例えば、研修させていただいた「たんぽぽクリニック俵津診療所」では、診療所の夏祭りに地域の方も集まってきてみんなでワイワイやっていました。
家で寝たきりの方も1年に1度の夏祭りの時には診療所の駐車場に集われ、外の空気を吸い、住み慣れた町の景色を見るのです。
そこでは患者さんの病気だけでなく、生活や人生、家族、地域を、丸ごと”診る”という日常があり、その大切さを学んだのです。

他にも全国には、参考にしたい先進的な取り組みをしている診療所はたくさんあり、先駆者の先生方がおられます。
まちづくりまで牽引するようなコミュニティデザインができたら、素晴らしいですよね。

医療というより生活を重視している、多様性、柔軟性のある在宅医療があり、衣(医)食住を大切にした地域が育っていく、そんな理想形を目指しています。

―そのために、どのような活動を?

今、地域で支え合うことの必要性や大切さを訴えるための発信を、積極的にしています。

また、地域の人たちと話し合いを深め、愛着と覚悟を持った仲間や協力者を集めているところです。

また、在宅医療についてもご存じない方が、まだまだ大勢います。
講演会などでは一般の方にも、現在、医療が大変革期に来ていること、医療に頼るばかりの時代ではないことを、わかりやすく説明するようにしています。



▲医療法人名であるまちのオハナの「オハナ」とは、ハワイ語で「家族」のこと。「いわゆる血のつながった家族にとどまらず、頼れる知人だとか友だちだとかが、地域で作れたら心強いですよね。一人でも大丈夫ですよ、と。そんな思いを込めて名付けました」と、松尾先生。ちなみにクリニック名の「マーガレット」は天白区の花で、花言葉は「誠実」「信頼」。

“真の”最先端医療とは

―在宅医療で、松尾先生がなさりたい医療はどういったものでしょう?

私の信じる、“真の”最先端医療です。
それは、技術的な面が中心である最先端医療ではなく、患者さんが「ほっと安心する医療」であり、治すことに専念する医療というよりも、たとえ治らない状態であっても、生きがいを一緒に探していけるような伴走者としての「生活を支えるための医療」と考えます。

医療的な知識はもちろん必要です。
その上で、ひとりの人としての、医療者としての「人間性」、その方がこれまで生きてこられた人生のものがたりを共有し、個別性に対応できるような「感性」が必要だと考えます。

それから、「病気になったことから学べることは何か」を患者さんやご家族と一緒に考えていくのも医療のひとつです。
その方の自己治癒力を発揮できるようお手伝いをする医療を行いたいですね。

―メンタルな部分での患者さんへのアプローチ、ですね。

今後、在宅ホスピスケアに力を注ぎたいと思っています。

そこでの医師のできることと言えば、つまるところ「症状緩和」なんですね。
医療用麻薬を正しく使うといったことも大切ですが、医師という立場から丁寧に説明を尽くし、不安な時にはいつでも在宅ケアチームみんなで必ず支えますよとご本人やご家族へ伝えます。
そして、何よりも、ご家族と住み慣れた自宅などの場所で過ごすことで「安心」していただくことが、最も症状緩和につながることをこれまでにも多く経験させていただきました。まさに、「家の力」というものがあると思います。

これからこういうことが起こりますよ。こういう状態になっても適切なケアを受けられますから大丈夫ですよ。最期までご自分らしく生きることができますよ、支えますよ。と、十分に伝わるように説明し、最期まで一緒に伴走する。
そこを大切に思っています。

「看取りの文化」「いのちの学び」は地域のもの

―松尾先生は、「看取りの文化」を取り戻したいとおっしゃっていますね。

日本はすでに超高齢社会となっており、これから多死社会を迎えようとしています。
医療経済の観点からも、病院で看取ることは困難な時代で、「人生の最終章は暮らしの近くで」という国の方針のもと、病院から退院を迫られます。

でも、多くの方は心の準備ができていないのが実情でしょう。それはそうです。ここ数十年で「死」は病院で迎えるのが普通になってしまっているのですから。

昭和30年頃までは、約8割の人が自宅の畳の上で亡くなっていました。
しかし、近年では8割を超える人が、病院で亡くなっています。
「病院で隔離された死」は、「いのち」に向き合う機会を減らし、死を極端に避ける風潮へとつながってしまったのではないでしょうか。
多くの人にとって、死は隠された得体の知れないものとなり、遠ざけ、タブー視するものになってしまった気がします。

私自身は、「看取り」には多くの学びがあることを実感しています。
限られた「いのち」の時間と向き合うことで、豊かな死生観を養うことができると思うのです。
貴い人生の最期にかかわらせていただくなかで、本当に多くのことを学ばせていただいています。

だからこそ、医療者の手の中に移ってしまった「いのちの深い学び」を、家族や地域に戻したいと思っているのです。
日本には、元々「看取りの文化」がありました。
この社会変化の中、今再び、日本的な看取りの文化を取り戻すべき時期にきていると感じています。

―住み慣れた場所で穏やかな最期を、というのは多くの人の願いでもありますね。

そうですね。厚労省の調査でも、それは明らかになっています。
医師や看護師、介護職員など、終末期医療の現場を知っている人ほど、自宅で過ごしたいと希望している方が多いんですよ。

でも、まだまだ態勢が整っているとは、とても言えません。
現代の日本では、自宅で家族を看取るという経験を持つ人は大変少ないです。
医療者や介護者も同様に経験がないため、的確に道を示せず、家や施設での看取りもなかなか進まないのが実情です。

質の高い在宅医療が普及すれば、状態の安定した患者さんは、病院から自宅や施設へ安心して帰ることができます。
病院側も、本来の使命である「治す医療」に集中できるようになりますね。
病院は生活をする場所ではありませんから。

入院を続けても治らないとわかったとき。限られた命であると分かったとき・・・。

病院だけではなく、住み慣れた場所で最期を迎えるために在宅医療という選択肢があり、それを支える医師や看護師などの在宅ケアチームがいるのだということを、より多くの方に知っていただきたいです。


▲右は事務長の松尾拓志さん。スタッフ構成は、常勤医1名、非常勤医4名、看護師2名、事務長1名、事務スタッフ5名、ドライバー2名。訪問エリアは天白区全域、名東区、緑区、千種区、昭和区、瑞穂区、日進市、東郷町のそれぞれ一部。1日に診るのは8~10人で、そのほとんどが居宅とのこと。

これからは看護師の時代

―マーガレットクリニックの訪問診療は、医師と看護師がチームを組んで行く形ですね?

はい。診療所によってそれぞれスタイルがありますが、私は診療同行に看護師は必要だと考えています。
患者さんのご自宅であれば、密室診療となるわけで、看護師の目線もあった方がいいと思いますし、患者さんにとっても安心感があるのではないでしょうか。

在宅医療は「治す」医療ではなく、医師ができることは限られていますから、在宅では生活と医療の両面からアプローチしてケアすることができる看護師こそが中心になれば良いと思うのです。

―看護師が中心になる?

そうです。超高齢社会となった日本では、治す医療ではなく支える医療がより求められるからです。
看護師が中心となり、医師はコーディネーターとしてその責任を持つ、という形ですね。
一馬力の診療所がどうやって在宅医療をやっていくか考えたときにも、看護師の重要性を実感せずにはいられません。

まさに、看護師の時代が来ます。

それで、看護師を大募集中なんです。常勤医師もですが。(笑)

―なるほど、看護師は重要ですね!医師も、常勤医が先生お一人。大変なのでしょうね。

ええ、まあ、そうですね。地域に対する思いだけがモチベーションなのかもしれませんね。是非、志のあるドクターに来ていただきたいです!

それから今後の課題として、多職種との連携だけでなく診療所同士でどう連携していくか等についても、しっかりと考えて取り組んでいきます。


▲今年40歳。「これからは私たちの世代が各地域で率先して、医療の在り方を考えていかなくてはいけないのではないかと思っています」と、松尾先生は静かに熱く語る。

(取材後記)

昔ながらの町医者だったおじいさまへの憧れが、医師を目指した原点。さまざまな経験を積み、悩み抜きながら、これからの医療のあるべき姿を模索してきたそうです。

原点回帰して、看取りの文化を取り戻したい、質の高い在宅医療を提供し、地域の相談役として役に立ちたい、という言葉、天国のおじいさまに届くといいな、と思いました。

松尾先生ら若き医師たちが理想を掲げ、それを実現していく姿を示すことで、まだ発展途上である在宅医療が、全体的により良い形へと進化していくのかもしれません。期待したいです。

◎取材先紹介

医療法人 まちのオハナ マーガレットクリニック

〒468-0011

名古屋市天白区平針1-1907 ほっと平針2B

TEL:052-838-6688 FAX:050-3737-1916

http://marguerite-clinic.nagoya/

(取材・文/磯貝ありさ、撮影/日置成剛)


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