第五回のテーマは「初回訪問で気を付けること(施設編)」です。
シリーズ第二回で、「初回訪問で気を付けること(居宅編)」というテーマを扱いましたが、今回は施設入所中の方への訪問診療についてお話したいと思います。
本シリーズでは、在宅医療の現場に飛び込んだ若手医師が感じた、在宅医療の難しさ、おもしろさ、コツについて紹介しています。
★前回までの記事はこちら
初回訪問で気を付けること(居宅編)|はじめての訪問診療入門(2)
訪問診療の情報をスムーズに連携するポイント|はじめての訪問診療入門(3)
夜間訪問で気をつけることと医師の負担軽減のための工夫|はじめての訪問診療入門(4)
居宅と施設の違い:家族の不在
居宅への訪問診療と、施設への訪問診療の違いとは何でしょうか。
いくつかあると思いますが、最も大きな違いは、「家族が同居していないこと」です。家族がその場にいないということは、居宅への訪問診療の場合と比べて、医療者側に入ってくる情報の性質が異なるということです。
施設であれば、多くの場合、看護師も勤務していますし、毎日バイタルの測定や観察を行っています。
しかし、測定頻度や測定精度は病院に入院中の場合と比べれば少なくなりますし、日によって担当する職員も異なります。もちろん、入所が長ければ患者さん本人の普段の状況やその日の体調の良し悪しなどもわかりますが、それでも同居して介護をしている家族とは、やはり提供される情報の性質が少し異なるのです。
同居家族にとって患者さんはたったひとりのかけがえのない存在。
ですので、ちょっとした変化にも敏感であり、心配する気持ちが強くなりがちで、主観を盛り込みながら様々な情報を提供してくれます。
一方、施設の職員は日々多くの入所者と接しますので、当然いろいろな症状に慣れていますし、いい意味でも悪い意味でも客観的な情報を提供してくれます。
この違いをきちんと認識して、診療にあたる必要があります。
認識のギャップでトラブルになった事例
私の経験の中での話を挙げます。
ある日ひとりの90代の胃癌末期の患者さんが、急に息が苦しいと訴えました。
施設からの連絡を受け診察に向かいましたが、ほどなくして心肺停止に陥ってしまいます。
そのとき施設の職員に、「急変の際の方針は決まっていますか」と聞いたところ、「もう90歳をこえてるし、病状も病状ですので、蘇生処置はいらないはずです」との答えが返ってきました。
「それもそうか。じゃあ大往生ということですね。」と、お看取りの方向にもっていったのですが、実は後からきた家族から「おととい来たときはあんなに元気で、これまで病気ひとつしたことなかったのに、なんでこんなことになったんですか。確かに高齢ではありますけど、頑張れば助けられたんじゃないですか」と言われたのです。
このように、家族は「死」というものがいずれ訪れることを、知識として知ってはいても、実感として持てていなかったために、にわかに起きた出来事を受け入れられない場合があります。
医療者側からすれば、よくある最期の迎え方であり、自然の摂理として当然と考えられる状況でも、家族の認識とずれていることがあるのです。
家族がどこまで病状を理解しているかを事前に確かめておくことは何より大切です。
また、同居していれば「最近、体調が悪そうだな。そろそろ覚悟しないといけないかも…」と感じられることでも、施設に入所して離れて暮らしていると、状況を正しく認識できていないことが多々あるということに留意する必要があります。
初回の訪問時においては、施設側・家族側・在宅診療クリニック側で、どのようなことが起こりうるか、その時どこまで行うか(入院、救命処置など)を話し合い、その内容をだれが見てもすぐわかるような形式で記録しておくことが大切です。
施設訪問で心がけるワンポイント:部屋の中の観察
施設では、基本的にどの部屋も同じような部屋の作りになっています。
しかし、部屋の中の雰囲気というのはひとりひとり違うものです。居宅では、他人に見せてもよいもの、あまり見られたくないものが、必ずどちらもあります。
反面、施設に持ってきているものは、他人に見られても差支えがなく、むしろ見せたいものであることもしばしば。これらはちょっとした話のネタにできるの積極的に活用しましょう。
たとえば定番としてはお子さんやお孫さんの写真であったり、ペットの写真であったり、趣味の写真であったりなど、持ち込める数が限られるためにその分厳選されたものが並んでいることが多いのです。
バイタルを測ったり、脚のむくみを評価したりしながら、そうした会話を織り込むことで効率よく認知機能や個性を把握することができます。
家族と施設職員の関係を見極めることが大切
施設への訪問診療においては多くの場合、先に家族と施設の関係性ができていて、そこに訪問診療が導入される形です。
まず初めの段階で家族と施設のやり取り、関係構築がどこまで進んでいるかを見極めておく必要があります。
その後に、訪問診療クリニックとしてどういうスタンスでサポートしていくか、今後どのような経過を辿る見込みで、どのように過ごして欲しいかを最初の時点で共有し、きちんと記録に残しておくことが大切です。
writer

普段は急性期病院で医師として勤務しながら、定期的に訪問診療も行い、最後まで患者さんに寄りそう医療を行っています。
また、正しい医療情報の普及を行う活動をライフワークとし、昼夜問わず精力的に活動しています。