現在、日本人の死因で最多の「がん」。2017年の統計では、3人に1人ががんで亡くなっていることが明らかになる中、近年「緩和ケア」に注目が高まっています。人生の最終段階のケア、がんの痛みを取るケア、というイメージのある緩和ケアですが、実態はどのようなものなのでしょうか。
近年の研究で、治療早期から緩和ケアに取り組むことで、患者の生存期間が向上するという結果も出ており、その重要性が強く認識されつつある緩和ケアの基本的な考え方について、ご説明します。
緩和ケアとは
世界保健機関(WHO)が2002年に提唱した定義では、緩和ケアは次のようなケアとされています。
<WHOによる緩和ケアの定義>
生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者と家族の痛み、その他の身体的、心理社会的、スピリチュアルな問題を早期に同定し適切に評価し対応することを通して、苦痛(suffering)を予防し緩和することにより、患者と家族のQuality of Lifeを改善する取り組み
少し難しい表現になりましたが、要するに、がんなどの生命を脅かす病による心と体の痛みを和らげるケアのことを指します。もう少し詳しくみてみましょう。
<緩和ケアとは>
・ がん以外の疾患による苦痛もケアの対象となる。
・ 患者とその家族のQOLを改善するための取り組み。
・ 体の痛みや苦痛だけでなく、精神的苦痛や社会的苦痛、スピリチュアルペインに対するケアも行う。
・ 人生の最終段階(終末期)には限らず、治療の早期段階から取り組むもの。
・ 患者とその家族がケアの対象。
緩和ケア=終末期のケア、がんというイメージを抱かれている方もいらっしゃるかもしれませんが、実際の定義は大きく異なります。
現在、緩和ケアは、病気と診断されたときから行われるべきケアとの認識が一般的です。
日本でも2012年に策定された「第2期がん対策推進基本計画」では、「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」が重点課題として位置づけられており、早期からのケアの重要性が明言されています。
また、対象となる疾患はがん以外にも慢性心不全、腎不全、認知症など多岐にわたり、患者だけでなく、その家族もケアの対象となります。
よって、がんと診断され痛みがある場合には、鎮痛薬を処方する。治療中の副作用を防ぐ処置を行う。がん告知による精神的苦痛に対し、ケアする。
これらはすべて緩和ケアといえます。
なお、終末期に患者が望む形で最期を迎えられるよう、心身をサポートするケアについては、ターミナルケアと呼ばれています。
緩和ケアで取り除く「苦痛」とは
では、緩和ケアで取り除くべき「苦痛」はどのようなものになるのでしょうか。痛みについては、イギリスでホスピスを創設したシシリー・ソンダースが提唱した「全人的苦痛(トータルペイン)」という概念が広く知られています。
全人的苦痛は、次の4つの苦痛から構成されます。
①身体的苦痛:痛み、息苦しさ、だるさなどの身体症状、日常生活動作への支障。
②精神的苦痛:不安、いらだち、孤独感、おそれ、うつ状態など。
③社会的苦痛:仕事面、経済面、相続、家庭内の問題、人間関係など。
④スピリチュアルペイン:人生の意味、死への恐怖、自責の念、死生観に関する悩みなど。
体の痛みだけでなく、病気と診断されたことによる不安や恐れ、不眠といった精神面での苦痛、仕事を失うことや治療費など経済的な問題など、多岐にわたる苦痛を取り除くのが緩和ケアなのです。
緩和ケアを提供する体制―基本的緩和ケア
緩和ケアといえばホスピス、というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、先ほどご説明した通り、緩和ケアは、心不全などのがん以外の病もケアの対象であり、なおかつ治療の早期から行われるべきであるものとされています。
そして、入院だけでなく、外来での診療や、在宅でのケアについても緩和ケアとなり得るのです。
では、具体的にどのようなケアが行われるのでしょうか。
まず、苦痛についての問診やスクリーニングを評価ツールや口頭での問診などで行います。
その結果を踏まえて、痛みを軽減する鎮痛剤の処方や、不安に対するケアなどのケアが行われます。
これらのケアは基本的緩和ケアと呼ばれ、全ての医療従事者が日常の診療の中で提供すべきとされています。
基本的緩和ケアでの対応が難しい場合や、家族へのサポートが必要な場合などは、緩和ケア病棟、緩和ケアチームによる専門的緩和ケアが行われます。
緩和ケアを提供する体制―専門的緩和ケア
専門的な緩和ケアについては、次のような体制で行われています。
①一般病棟における緩和ケアチームによるケア
まず、一般病棟では、緩和ケアの専門知識を持った医師や看護師など、多職種が連携する「緩和ケアチーム」による専門的なケアが実施されています。
がん診療連携拠点病院には、緩和ケアチームの設置が義務付けられており、2016年時点で、全国533施設に設置されています。
<緩和ケアチームに関わる職種>
- 医師:身体症状の緩和に携わる常勤の医師、精神症状の緩和に携わる常勤の医師。
- 看護師:緩和ケアに携わる専門的な知識および技能を有する専従の看護師。患者との窓口となるほか、地域のネットワークとの調整なども行う。
- 薬剤師:緩和ケアに習熟した薬剤師。
- 心理士(カウンセラー)
- ソーシャルワーカー:患者と家族の心理的・社会的な苦痛(仕事、医療費などの経済的な問題など)に対して相談・支援を行う。療養場所の選択や、介護の支援なども行う。
- リハビリテーション:作業療法士、理学療法士、言語聴覚士など。
- 管理栄養士
- 歯科医師・歯科衛生士 など。
緩和ケアチームでは、患者への直接の診察や家族との面談、担当医からの情報提供などを通し、患者が抱える苦痛のアセスメントを行い、体の痛みに対するケアのほか、不安、不眠といった精神症状の緩和や、経済的な問題のサポートなど、様々な苦痛の緩和に対応します。
また、患者を受け持つ医師や看護師など、医療従事者に対するコンサルテーションを行うのも、緩和ケアチームの重要な役目です。
苦痛を取り除く治療やケアの方法について、担当の医療従事者へ、より専門的なアドバイス行います。
そして、近年増えつつあるのが「緩和ケア外来」。
がん診療連携拠点病院では、設置が必須要件となっており、通院中や退院後の患者に対して、緩和ケアチームが外来診療します。
②ホスピス・緩和ケア病棟
緩和ケアを専門的に行う病棟で、がんを治すための治療が困難な場合や、患者自身が治療を希望しない場合に利用されます。
一般病棟と比較し、苦痛を緩和する治療に注力しているほか、患者が家族と過ごすことのできるデイルームの設置、面会時間の制限が少ないなどの違いがあります。
また、緩和ケアチームと同様に、様々な専門職が連携してケアを行いますが、病棟によってはチャプレン(宗教家)やボランティアが加わることもあります。
③在宅緩和ケア
これまでご紹介した緩和ケアを、住み慣れた自宅で受けることも可能です。
この場合、訪問診療医や訪問看護師が主な担い手となり、薬剤師やソーシャルワーカー、ホームヘルパーなどが連携してケアを行います。
まとめ
今回は緩和ケアの基本的な考え方について解説しました。治療早期からの緩和ケアが重要視されているものの、医療現場や患者の間で「人生の最終段階のケア」という認識持っている方がいまだに多いのも事実です。多くの患者とその家族が自分らしく過ごせるよう、緩和ケアについての正しい知識の普及が求められます。
参考文献など
金井良晃(2017)緩和医療を正しく理解するために—総論にかえて—, 『心身医2017年57巻2 号』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/57/2/57_115/_pdf
日本緩和医療学会:緩和ケア普及啓発に関する手引書
http://www.kanwacare.net/formedical/materials/pdf/kanwa26_tebikisyo.pdf
日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団:ホスピス緩和ケア白書2018
https://www.hospat.org/white-book_2018-top.html
国立がん研究センター:緩和ケアチームの基準 2015年度版
https://ganjoho.jp/data/med_pro/liaison_council/p_care/2016/shiryo4/sanko02.pdf
日本緩和医療学会専門的・横断的緩和ケア推進委員会:緩和ケアチーム 活動の手引き(第2版)
https://www.jspm.ne.jp/active/pdf/active_guidelines.pdf
国立がん研究センターがん情報サービス:がんの療養と緩和ケア
https://ganjoho.jp/public/support/relaxation/palliative_care.html
がん情報みやぎ:緩和ケアについて知ろう