在宅医療の体験談”自分らしく”生き抜く!幸せな看取りを教えてくれた101歳のおじいちゃん

在宅看取りをさせていただく方のなかには、がんの方はもちろん、様々な疾患を持った方がいらっしゃいます。ですが、在宅看取りのケースのなかには「自然死」…いわゆる「老衰」で亡くなる方もいます。病院に勤めていた頃の私は、どんなご高齢の方にも1日でも長く生きてもらうために最善を尽くすよう教わってきました。一方で、どんなに手を尽くしても老いと衰弱で亡くなっていく命に、虚しささえ感じていました。しかし今回は、そんな思いを払拭し、「幸せな看取り」もあると教えてくれた、Bさんの在宅看取り体験談をご紹介します。

【ご利用者様について】

  • ご年齢:101歳
  • 性別:男性
  • 症状:食欲不振
  • 家族構成:娘・娘婿・孫
  • 介護サービス等の利用状況:訪問介護(週2回)、訪問看護(2週に1回)、訪問診療(必要時)
      →ADL低下後 福祉用具レンタル(電動ベッド・エアマット)追加

はじめから期待を裏切ってくれたBさん

Bさんへ初めての訪問は、猛暑日の続いたある日のこと。

馴染みの診療所の医師から、
「食欲不振が続いて元気がない100歳超えたおじいちゃんがいるんだ。しばらく点滴を頼めるかな?医者嫌いで、ふらふらだけど絶対に入院はしたくないんだって。」とステーションへ要請が。

その状況を伺った時点で、
「100歳か…。点滴で持ち直せるかな?もしかしたら、そのまま看取りになるかも。」と感じていました。

実際にお会いしたBさんは、確かにその日は聞いていた通り、ぐったりした様子で、トイレまで歩くのがやっと…。
毎食必ず完食していたという食事も手付かずで、問いかけには頷いたり首を振って答えるのみでした。
これまで大きな病気どころか受診する機会すらほとんどなく、しゃんしゃん動いておられたBさん。そんな姿しか知らない家族の方も、「もしかして、とうとう寿命が来たんでしょうか…?」と心配そうに点滴中じっと様子を見守っていました。

ところが、医師からの「とりあえず3日間続けて点滴を」との指示を知ってか知らずか…。翌日、Bさんはたった1日点滴を受けただけですっかり元通り!
何事もなかったかのように一人でトイレへ行き、食事を完食し、メガネをかけて足を組み、ベッドに腰掛けた姿で「何か御用でしょうか?」とでもいうようなお顔で私を迎えてくれたのでした。

Bさんの半生…家族に残すファンキーな生き様

Bさんは戦争で聴力を失いながらも、終戦後は建築関係の職人さんとし80歳を過ぎるまで仕事をしてこられました。
80歳になっても新たに自分の作業用に家を建て、90歳までは車も自分で運転してあちこちへ遊びに行っていたそうです。

若い頃から、お酒もゴルフも旅行も、好きなことは何でもやってきたBさん。
服もこだわりがあり、お気に入りのブランドで全身コーディネート…クローゼットの中には自分好みに仕立てたスーツがずらりと並んでいます。
101歳になられた当時も、自室でのんびり新聞を読んだり、縁側から通りを眺めたり、自由気ままに過ごされていました。

一方そのご家族も、それぞれが自由に趣味やライフワークを持ち、年の半分は旅へ出る、Bさんに負けず劣らずの遊びっぷり。人生をとことん楽しんでおられるご家庭でした。

かといって、Bさんのことを気にかけていないわけでは決してありません。
ただ、必要な配慮はしっかりした上で干渉はしすぎず…お互いのことを心から思いやり、できることは惜しみなく協力しあう。
そんなご家族の姿は、Bさんの生き様そのものを写し見るようでした。

最良の終末…こんな風に看取られたい!

Bさんの状態が悪化したのはそれから数ヶ月後のこと。
食事が入らず、呼吸苦と発熱もあり、今回は一人で歩くことすら難しい状態でした。

栄養と抗生剤の点滴が開始されましたが、前回のような回復は見られず、食欲はないまま…。

「栄養点滴を続けるのは、Bさんにとっては延命と同じ…。このまま点滴をつながれて毎日過ごすのを、Bさんはきっと望んでないだろうな。」
こうした状況下で点滴を中止することは死を早めるとわかっていました。
しかし、Bさんなら、そしてこのBさんのご家族であれば、「もう点滴はしてほしくない。」・・・きっとそう仰るだろうという確信がありました。

往診医からの点滴の指示期間が切れる前に、娘さんにそれとなく意思を聞いてみました。
が、やはり思っていた通りの答えでした。
「じいちゃんはずーっと、もう散々好きなことやってきはった。後悔することもない。お医者さんも誰にも世話にならんと逝きたいと思ってはるわ。」

往診医に家族の意思を代弁し、点滴は1週間で中止に。おそらく残された時間は長くてもあと10日〜2週間ほどといわれました。
それからの時間は初めて寝たきりになったBさんをみんなで献身的に介護し、家族とともに看護師、ヘルパーさん、医師全員でそれを見守りました。

しかし、その最期の時間ー期間は私たちの予想に反し、とても幸せで、笑いに溢れたとても穏やかなものとなりました。

さすがじいちゃん!と家族が絶賛したエピソード

日に日に眠っている時間が長く、反応が薄くなっていったBさん。ですが、そんな時でさえ「さすがBさん!」と絶賛できるこんなエピソードが…。

わずかな水すら口にしなくなったBさんを心配し、娘さんたちがこまめに訪室していたある日。
その日はちょうど元日。少しでも気をしっかり持ってもらおうと、娘さんが鏡餅をベッドの脇に飾っていました。Bさんはうっすら目を開けますが、またすぐに目を閉じます。
が、少し時間をおいて、様子を見にいった娘さん…。
「あら?」鏡餅にのせていたみかんが、なぜか皮だけになって乗っています。
”みかん、じいちゃんが食べたんだ!!(笑)”

少し罰当たりな気もしつつ、それ以後毎日、娘さんはにこにこしながら新しいみかんを乗せ、その度にBさんはみかんを平らげます。
家族と私たちはウキウキしながらそのみかんの数を数えていました。

「いやー、ちょうどお正月でよかったね!」
「あんなにぐったりしてるのに、私たちが見てない間は起き上がって、ちゃっかりみかん剥いてるの?!」と、一同あきれながらも笑いが止まりませんでした。

それからも、Bさんは気が向くとみかんだけは口にし、なんと3週間ほどが経ちました。
お正月は越せないだろう…とさえ言われていたのに、正月の間に遠くの親戚や溺愛していたひ孫にも会え、心底満足そうなお顔ですやすや寝息をたてるBさん…。

しかしそんな頃、いよいよ呼吸が浅くなり始めました。
残された時間はあとわずか…。だれもが、Bさんに対し感謝と賛辞の言葉をささやき、温かいまなざしで見つめていました。

できる限り苦痛のないように。
できる限り本人の意思に沿うように。
みんながBさんのために、できることを精一杯してあげられた、という満ち足りた思いでいっぱいでした。

みんな笑顔のお見送り!

息を引き取ったとご家族から連絡を受けてから、ご自宅へ向かったときには、すでに何人かのご親戚・近隣の方がこられていました。

お家に入った瞬間に感じるのは、Bさんがいた頃と変わらない温かい空気。まるで、まだBさんが隣の部屋で寝ているような気配すら感じます。
それが私たちの気持ちを安らげてくれているのか、家族の方も落ち着いておられ、私も寂しさや、亡くなったと信じられないような感覚は不思議とありませんでした。ただ、Bさんは亡くなったのだと自然に受け止めていました。

その場にいる誰もが
「大往生だったね!」
「最後までつくづく自由な人だったね!」と、Bさんの死を悼む…というよりBさんの生き様、人生を心から讃えています。
涙を浮かべながらも「ほんとに、最後まで人騒がせで自由な人!」と、このときさえも終始笑顔。

とことん最後まで、旅立たれた後でさえも、Bさんのアッパレな生き方が、みんなを寂しさや悲しさ以上に幸せな気持ちで満たしてくれていました。

【まとめ】幸せな看取りは人生最大・最高の贈り物

普段から「死」と近い私たちであっても、やはり看取りの際には寂しさで涙がこみ上げます。
しかし、Bさんのように寝たきりの期間もほんのわずか、いわゆる「ピンピンころり」で、最後まで自分らしい生き方を全うされる方のお看取りというのはなかなかありません。その最期が、こんなにもまわりの人に感動を与えてくれるとは思ってもいませんでした。

Bさんは私に「幸せな看取りは最高の贈り物」だと教えてくれました。
私も「こんな人生の終え方をしたい。こんな生き方をしたい!」と誰かに思ってもらえるような人生を送りたい、そう心から思います。

writer
chocola

現在看護師8年目。大学病院の内科病棟に配属され、うち2年間は夜勤専従看護師として勤務。結婚と同時に退職し、現在は訪問看護師として勤務。

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