在宅看取りの体験談『私に看取りと向き合う姿勢を教えてくれた60歳末期がんの患者様』

看取り介護・在宅看取りと聞くと、ほとんどの場合患者本人の希望のもと、積極的な治療は辞め、苦痛を最小限に緩和して住み慣れた自宅で家族に囲まれて穏やかに最期を迎えるものだと思われているでしょう。

実際、私自身がそう思っていました。

 

しかし、この方は在宅看取りに必要な”覚悟”と、その看取りを支える医療者に必要な姿勢を、その身をもって教えてくれました。
今回はそんな、今なお深く心に残る、Aさんとそのご家族の在宅看取り体験談をご紹介します。

 

■患者様について

  • 年齢:60歳
  • 性別:女性
  • 症状:頭痛、嘔気、てんかん様発作(訪問開始時)

■家族構成

 夫、長男、次男、長女

■介護サービスの利用状況

  • 福祉用具レンタル(電動ベッド・エアマット)
  • 訪問看護(週1回~毎日)
  • 訪問診療(2週に1回)
  • 訪問入浴(週1回) ※訪問開始時点では介護保険非適用。その後「末期がん」として再申請し上記サービスを利用開始。

 

在宅看取りの始まりは治療と生活支援から|治療を続けながらも安楽な生活を

『肺がんのStage4。脳転移から脱力感が出ている。外来で抗ガン剤治療を継続しているが、近頃食事量も減ってきており、今後も自宅で生活しながら治療を続けるつもりだが、ご家族だけでは不安がある…。訪問看護の方に点滴等の管理と家族への支援をお願いしたい。』

そう地域包括支援センターから相談の電話があったのが8月半ばのこと。
初めのうちは週に1〜2回程度、ご家族と連絡をとり様子を伺う程度から関わりが始まりました。その時点では状態は安定しており、トイレにも1人で行ける状態で、家族で自宅での介護の方法を熱心に模索中とのこと…。
気になることは自分からどんどん聞いてきて下さる家族だったので、私たち医療者はあまり出しゃばらず、必要な助言と情報提供はしつつ、しばらく見守ろうと話していたのでした。
ところが、それから10日ほど経ったある日の夕方。
急に『○○くん、今からAさんのお風呂、一緒に手伝いにいってくれる?』と所長からお声が。
数日前に抗ガン剤投与を受けてから、疲れと吐き気が取れずお風呂に入れていないとのこと。
食事や水分量も明らかに減り、少しずつ、けれど確実に以前聞いていた状態から衰弱しておられるのが解りました。
それ以降、少しずつ弱っていくAさんの家庭での生活を支えるべく、家族の中心となって介護にあたっていた娘さんといっしょに、状態やADLの低下に応じて簡単なマッサージ等から清拭・更衣などのケアを少しずつ組み入れていったのでした。

どんなときも優しく穏やか|まさに良妻賢母の鏡

Aさん一家は、ご主人とAさん、子ども3人の4人家族。
家のあちこちに置かれた家族写真の中には、穏やかで物静かな佇まいの、着物がよく似合うAさんと、その隣でビシッとスーツを着こなすご主人、そしてそれを囲む幸せそうなお子さんたちの笑顔。

壁や窓際には、Aさんが作られた趣味の作品や、きれいに生けられた花々。
家族みんな仲良く、まるでドラマにでも出てきそうなほど、理想の幸せな家族に見えました。

Aさん自身、抗ガン剤治療を続けながらも、脳転移と治療の副作用からひどい頭痛と吐き気、そして軽いてんかん様の発作が出ていました。
それでも訪問するたび、どんなにご自身の体調が優れなくても
「そうぞ、スリッパを使ってください…」と、小さな声を振り絞って伝えて下さるような、気遣いを決して忘れない、本当にお優しい方でした。

そんなお母さんのお世話を手伝うため、娘さんが介護休暇をとり帰省されていました。
そして、定年退職を目前に控えたご主人と、お休みには遠方で仕事をされている二人の息子さんの4人で、懸命にAさんのお世話をされていました。

きっと、これまでは長年Aさんがなんでもしておられたのでしょう…。
初めのうちは、ご主人が慣れない様子で食事作りに奮闘されており(この後少しずつ腕をあげられたとか)、そんなそわそわした様子をソファで心配そうにAさんが見つめていました。

 

家族と過ごす大切な時間

訪問を初めて数回目の抗がん剤投与が予定されていた頃、家族旅行に行く計画が出ていました。治療後は体が辛いため、治療を1度とばしての、数日の温泉旅行でした。

せっかくの、恐らく最後の家族旅行…できるだけ元気な状態で行ってもらえるようにと、在宅医に無理を言って中心静脈栄養の栄養剤を前もって数日間投与し、旅先で食事が取れなかった場合にも備えて息子さんたちにもポンプの使い方などを覚えてもらい、準備万端!
薬の力を借りつつも、思った以上に元気な様子で無事旅行から戻られました。
きっとたくさん良い思い出ができたのでしょうーご家族の楽しそうな笑顔に、Aさんと過ごせる時間を心から喜び、愛おしく感じてらっしゃることがひしひしと感じられました。

またこの頃、Aさんのために、ご家族はとても大きな決断も下されました。
抗がん剤治療は、一旦始めると最後まで辞める決心が難しく、悩まれる方が多いものですが…Aさんご家族も悩みながらも「治療しない時の方がお母さん(Aさん)は楽そう。もう次の治療は辞めます。」と、すっぱりと告げられたのはご主人でした。

その後、Aさんは徐々に脳圧が上がり、意識が朦朧とした時間が増えていきました。
それでも、ご主人や娘さんが「お母さん、◯◯だよ!今日は◯◯だよ!」と話しかけると覚醒されることが多く、些細な反応にも喜ぶ家族の顔に、こちらまで嬉しくなっていました。

そういえば、こんな思い出も。
ご主人の退職日当日。
ご主人が最後のスーツ姿でビシッと決め、Aさんに「母さん、行ってきます。」と一言。
きっと、これまで何十年もご主人の仕事を応援し、陰で支えてきたAさんにとっても感慨深い日でしょう。

この頃はもうほとんど眠っている状態のAさんでしたが、せっかくだから!とちょっと演出を。
お子さんたちとご主人でAさんの周りを囲み、Aさんも鎖骨のポートが見えないよう綺麗に隠しておしゃれな帽子をかぶり…パシャリ。
本当に、最高に素敵な家族写真が撮れました。
私自身、なんとか家族のこの節目の日を穏やかに迎えられた、そんな大切な日に立ち会えたことを心から光栄に思いました。

 

急変に揺れる家族の想い|“どんな姿でも生きててほしい“

状態が良くないことは、家族の誰もが感じていたでしょう。
そんなある日、突然Aさんの熱があがり、酸素飽和度が下がり始めました。痰も絡んでいるようで、うまく飲み込めていません。診たところ誤嚥性肺炎のよう…。
しかしこの日は休日で、往診医も近くにおられず、医療の知識のある息子さんからは「すぐ入院しないといけない状態だ…」という声がでました。

(やはり息子さんは、まだお母さんが亡くなることを受け入れられていない…。
今のAさんの呼吸の辛さを取るだけならまだ十分やれることがあるし、きっとAさんはそれ以上の治療や延命を望んでいるわけではないはず。今こそ、息子さんにもお母さんを亡くす怖さと向き合ってもらうチャンスか…。)

そう思い、家族の皆さんに向けて(実質は息子さんへ向けて)
「病院へ行けば、原因もわかって吸引や酸素投与も抗生剤の投与もすぐできますし、常に医療者がいてモニターするので安心できると思います。
ただ、正直に申し上げて、もしそのまま状態が急変した場合、ご家族がその場(最期)に立ち会えるかはわかりません…。
必要な治療や処置は、ここでも病院と同じことができます。私としては家で過ごされる方が娘さんや誰かがいつもそばにいてくれるのでAさんもご家族も安心かとは思いますが…どうされますか?」
そうお伝えすると、息子さんは心底迷っている様子でしたが、ご主人と娘さんから「それなら家にいる方がいい。お願いします。」と。

すぐ在宅医に連絡して在宅酸素を入れ、念入りに痰を吸引すると、酸素飽和度はすぐ正常に戻りました。抗生剤も開始し、呼吸状態も安定。吸入や、アロマを使っての加湿も入り、Aさんの穏やかな寝顔と家族のほっとした様子が戻りました。

最後に Aさんが教えてくれた看取りへの考え方

最後の瞬間まで、Aさんは本当に穏やかでした。
少しずつ無呼吸が長くなり、だんだん呼吸が減り…Aさんを愛した家族全員に見守られながらそのときを迎えられました。

最後までブレることなく、Aさんにとっての最善を考え全ての決断を下したご主人。

誰よりもAさんとの時間を過ごし、Aさんの思いに寄り添った娘さん。
Aさんのためにと作ってくれたパジャマ、身だしなみを気にするAさんがポートを隠せるようにしてくれたお洒落な特製カバー、0からあんなに丁寧な介護の仕方を身につけたことはもちろん、その成長ぶりは、側で見ていた看護師たちが絶賛するほどです。
なにより、娘さんの明るさが、男性ばかりで戸惑う家族みんなの大きな支えになっていました。

そして状態が悪化した際、「母には、どんな状態になっても生きていてほしいんです。」そう本心を打ち明けた息子さん。
医療の知識があるだけに、目の前で救えない命があること、なによりそれが自分のお母さんであり、自分に何もしてあげられないという事実を受け止めることは本当に辛かったと思います。
しかし、Aさんが亡くなった翌日、「お母さんは、あなたに医療者として大切なことを教えてくれた」と所長に言われて、いろいろ思うところがあったようです。

後日いただいたお手紙には、
『最後の数ヶ月は本当に幸せだった。そして医療者として自分にできることはわずかであり、だからこそ患者さんに真摯に向き合うことの大切さを母が教えてくれた。」
と綴られていました。

私も息子さんと全く同じ思いです。Aさんが、ご自身の人生を通して最後に大切なことを教えてくださいました。きっと、これからもずっとその教えを胸に看護を続けていこうと思います。

これが、今も色あせることなく残る、私に大切なことを教えてくれたAさんの在宅看取り体験談です。

 

在宅医療従事者が絶対に知っておくべき「看取り」の4つの基本|在宅医療の基本知識

2016.05.12

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