【海外の在宅医療・タイ編】家族とコミュニティが支える介護!タイの在宅医療・介護事情

日本の在宅医療だけでなく、海外の在宅医療に注目するシリーズ連載「海外の在宅医療」。最終回となる第10弾はタイです。政府による介護制度がないタイでは、家族とコミュニティが在宅介護の担い手となっています。地域でのケアを実現しているタイの在宅医療・介護についてご紹介します!

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少子高齢化が急速に進むタイ

前回の韓国編でご紹介しましたが、近年アジアの国々では高齢化が進みつつあります。

今回ご紹介するタイも同様に、1970年代に実施された人口抑制策(家族計画)の影響がで、少子高齢化が急速に進んでいる国のひとつです。

国連(WHO)の推計では、2013年の合計特殊出生率は1.4と日本とほぼ同じ水準(日本:1.44(2016年))で、高齢化率(60歳以上)については15%と高い割合を示しています。

しかし、高齢化に対応するための制度は、いまだ整備している最中というのが現状です。

例えば、年金制度については、公務員、民間雇用者を対象とした制度については以前から設けられていましたが、自営業、農民、無職の人を対象とした制度は長らく整備されていませんでした。

2015年に、自営業や農民を対象にした自由加入方式の制度がスタートしたところとなっています。

また、60歳以上の国民(公務員以外)を対象に月600~1000バーツ(1バーツ=約3.4円)が支払われる「老齢手当」が2009年に導入されましたが、生活の補助という観点では、給付額が不十分であるとの指摘があります。

政策の整備状況が不十分な一方で、2017年までに「福祉社会」を実現することを政府が宣言したり(残念ながら、2017年10月時点ではあまり議論が進んでいません)、高齢者の雇用支援などの対策を行ったりと、高齢化社会に向けて政府が様々な取り組みを実施しようとしていることも伺えます。

そんなタイの医療・介護の現状について、詳しく見ていきましょう。

タイの医療制度

タイも国民皆保険を実現している国のひとつ。

公務員を対象とした税方式の医療給付、民間企業の雇用者が加入する社会保険制度による医療給付、そして農民・自営業者などを対象とした税方式の国民医療保障(30バーツ医療)によって、全ての国民がカバーされています。

2001年に導入された「30バーツ医療」は、1回30バーツの手数料(導入当時)で、疾病の診断・治療(心臓病などの高額治療や伝統治療営業法に定める伝統医療を含む)、出産(2回以内)、入院患者向けの食費および室料、歯科治療、国家の薬剤リストに沿った薬剤、医療機関間のリファーラル(送致)などの医療サービスを受けることができます。

導入当初は1回30バーツの負担がありましたが、現在自己負担はなく、無料で受診することができます

30バーツ医療を利用する場合、無料で医療サービスが受けられる、という便利さの一方で問題点もあります。

30バーツ医療は、事前に登録した一つの病院でしか利用できません。この病院は地区ごとに決められており、病院に患者が集中しやすくなってしまうのです。

その結果、診察の待ち時間が非常に長くなる一方で、診察時間は非常に短くなる…医療サービスの質の確保が課題といえます。

そんなタイで一次医療を担うのは、保健所。

保健所は「健康増進病院」と呼ばれており、看護師、助産婦、事務職員が常駐しています。

日本と同様の公衆衛生の機能に加え、初歩的な治療や薬の処方が行われています。

保健所はタンボン(行政区。村と郡の間に規模)単位で設置されています。

そして、保健所の上位に、郡単位で設置されたコミュニティ病院、県病院、専門病院と階層的に病院が設けられています。

保健所だけで対応できない場合は、より専門的な治療を受けるためにより高度医療サービスを提供する病院を紹介してもらう「プライマリケア」がタイでは導入されています。

自由に病院を選択できる日本とは大きく異なりますね。

また、公立病院が全体の8割と大部分を占めているのも特徴といえます。

私立病院については株式会社の参入が認められており、富裕層のほか、医療ツーリズムを利用する外国人が主に利用しています。

タイの介護保険制度―家族と地域が支え合う介護

医療については30バーツ医療など公的な関与がみられますが、介護はどのようになっているのでしょうか。

現在、タイには公的な介護保障の仕組みは存在しません

家族やボランティア、地域のつながりなどによる「コミュニティケア」によって介護がまかなわれています。

政府もコミュニティケアを推進しており、2002年に策定された、高齢者福祉政策の指針である「第2次国家高齢者計画」では、高齢者支援の主体は「家族」と「コミュニティ」であり、「政府」による福祉については「補完的」位置にとどまることが明記されています。

財政上の問題や、家族が高齢の親の面倒をみるという価値観が古くから人々の間に根付いていることから、このような制度設計になったと考えられます。

そんなタイでは、在宅での介護が主流となっています。

家族のほかには、病院や保健センターの看護師、政府が養成する健康ボランティア、高齢者ボランティアなどのボランティア介護者が在宅での介護に取り組んでいます。

富裕層など、経済的に余裕のある高齢者については、私立病院(看護師や准看護師、介護の専門職であるナースエイドなどが介護を行います)を利用したり、住み込みのヘルパーを雇ったりするケースもみられます。

しかし、費用面での負担が非常に大きいことから、多くは家族やボランティアなどのインフォーマルケアに頼っています。

施設については、介護施設というよりは、低所得者層向けの施設として運営されており、2014年時点で公的な施設は全国で25か所と非常に少なくなっています。

待機者が非常に多く、高齢者のニーズに対応しきれていないことが問題視されています。

「コミュニティベースケア」で行われる介護とは

タイでは家族が中心となって介護を行っていますが、冒頭でご紹介した通り、少子高齢化が現在急速に進んでいることから、家族中心の介護の実現が困難になっていくことが予想されています。

実際に、一人暮らしの老人や、老人のみの世帯が増加しており、社会での介護の実現が求められています。

そんなタイでは、家族だけでなく、地域で支え合う「コミュニティベース」でのケアが実施されており、政府も積極的に推進しています。

コミュニティベースのケアにおいて、中心的な担い手になっているのはボランティア。

ボランティアによる介護の歴史は古く、1970年代から行われており、現在、高齢者の自宅に訪問し、健康指導などを行う健康ボランティア」は全国で100万人、高齢者の自宅を訪問し、基礎的な介護を行う「高齢者ボランティア」については全国で6万人が登録しています。

2003年からは「高齢者在宅福祉ボランティア」という区分も新設され、ボランティアによる介護を推進していることがわかります。

また、通所型のサービス(デイサービス)については、寺院などが運営する高齢者クラブや、高齢社会サービスセンターが提供しています。高齢社会サービスセンターでは、在宅の高齢者を対象に保健医療上の指導や、理学療法、デイサービス、余暇活動、一時保護など様々なサービスを実施しています。

家族だけでなく、地域の医療関係者やボランティア、寺院など、地域全体で支えていくシステムは、日本の目指す「地域包括ケア」にも重なりますね。

日本(JICA)による介護支援について

コミュニティで介護に取り組むタイですが、公的な介護制度については不十分。そこで、2007年から、日本での知識や経験をもとに、JICAが介護の体制づくりや人材育成などの支援を行っています。

これまでに、6 つのパイロット・プロジェクトサイト(チェンライ、コンケン、ナコンラチャシマ、ノンタブリ、バンコク、スラタニ)で、これまでになかった「ケアマネージャー」を導入し、ケアプランに基づく介護を実現しました。

ケアプランに基づいて、ケアワーカーや医療関係者、地域の関係者、ボランティア、家族が介護に取り組める。

古くから実施されてきたコミュニティケアを生かした新制度が生まれました。

2016年にはタイ政府がこの仕組みをベースとした介護制度を採用し、これらの地域以外でも活用されつつあるようです。

また、2017年11月には新たなプロジェクト「高齢者のための地域包括ケアサービス開発プロジェクト」が開始されています。

高齢者が要援護状態に陥らないように、中間ケア(急性期医療から在宅に円滑に移行するためのケア提供の仕組み)の強化や、高齢化が進展するほど家族やコミュニティへの負担ともなり得る認知症への対応について、2022年までの5年間支援を行うとのことです。

まとめ

少子高齢化が急速に進むタイ。人々に根付く価値観を活かして、家族やコミュニティでのケアを導入しています。社会保障政策については十分でない面が多い一方で、地域の医療・介護関係者と家族、ボランティアが強いつながりを持って高齢者を支えていくシステムは、日本が目指す「地域包括ケア」に重なります。

現在、JICAが支援を行っていますが、今後地域包括ケアを実現するために、私たちもタイの地域ケアから学ぶべきなのかもしれません。

参考文献など

金成垣、大泉啓一郎、松江暁子 「アジアにおける高齢者の生活保障―持続可能な福祉社会を求めて」

厚生労働省:2017年 海外情勢報告(タイ王国)

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kaigai/18/dl/t5-12.pdf

経済産業省:医療国際展開カントリーレポート 新興国等のヘルスケア市場環境に関する基本情報 タイ編

http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/outbound/activity/country_report.html

JICA:高齢者のための地域包括ケアサービス開発プロジェクト

https://www.jica.go.jp/project/thailand/026/index.html

JICA:要援護高齢者等のための介護サービス開発プロジェクト

https://www.jica.go.jp/project/thailand/015/index.html

河森正人「東南アジアの福祉と国家についての一考察-タイの事例をつうじて」

http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/20143705.pdf

河森正人「タイの生活保障におけるコミュニティの位置づけをめぐって」

http://www.jcas.jp/13-1-10_jcas_review_thai.pdf

車井浩子、金子勝規「タイの高齢者介護と医療に関する考察」

江藤双恵「タイにおける「地方の福祉」―ナック・パッタナー・チュムチョンの役割を中心に―」

竹内隆夫「タイにおける高齢化の進展と地域社会の対応─東北タイの農村を事例として─」

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ir/college/bulletin/vol30-4/30-4_05_takeuchi.pdf

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